銀の羊の数え歌−14−-2
この施設の名前は遊ぶ里と書いて『ユウリ』と読む。一見どこかの温泉の名前のようだが、これは入所者のみならず僕ら指導員の生活までが、仕事を含めて遊びのように楽しいものとなるように、という意味を込めてつけられたらしい。誰が名付け親なのか、そこらへんは僕もよく知らないのだけれど。
とにかく、今日こうしてその遊里へきてみて僕が最初に感じたことは、随分ときれいな施設だなということだった。建てられて間もないせいか、どこもかしこもすっきりとしていて清潔感が漂っている。
それだけじゃない。そこで働く職員もまた、第一印象としては結構感じのいい人たちが多かった。さっきの石垣さんも、その中の一人だ。
仕事ではちゃんと厳しい姿勢を取り、それ以外の時間はみんなに本当に優しい。例えたら、家庭には仕事をいっさい持ち込まない日曜日のお父さん的な、さっぱりとした人だ。
休憩所を出ると、青臭い風が鼻先をかすめていった。夏にはまだ早いだろうけれ
ど、春もそろそろ終わりの予感がする。
「・・・・・」
大きく伸びをしながら、湖のように澄んだ空を仰ぎ見る。建物はきれいだし、仲間内の空気もいい。こんな条件のいい職場なんてそうそうないはずだ。にもかかわらず、どういうわけか僕は、この環境にはっきりと物足りなさを感じていた。そして、同時にそれがなんであるかも、気が付いていた。
柊由良。彼女だ。
隣りを見ても、後ろを振り返っても柊由良の姿が見えないことや、仕事の最中に、彼女のたてる笑い声や、話し声が耳にきこえてこないのが、僕にはとても不自然に感じてならなかった。もちろん、ちゃんと分かってはいるのだ。僕のそういう考えこそが、不自然であり理不尽であるということも。
それなのに何故だろう。僕にはどうしても、この空虚な気持ちを取り除くことは出来そうになかった。