秘密の社員研修A-2
加奈子は、口の中がカラカラになっていた。
グラスの中に残ったお茶を思わず飲み干してしまう。
「そう……だと、思っています。だって、……その、この間の出張の時も、体調を心配して、佐藤くんの部屋にお一人で行ったと聞いたので……。男性と二人きりになるのでさえ怖いのに、ましてや自分のことを乱暴したと思ってたら、二人きりになるのは避けると思うので」
「ふふ、そうでしょ?だから佐藤くんが思ってるようなこと、あたしはもう思ってないよって言ったんだけど。それでーーあなたは何を考えてたのかしら?考え事の根本的な問題は、何なの」
急に核心を突かれて、加奈子は思わず体を引いてしまう。
佳織は急に黙る加奈子を見て、飲み干して空になった加奈子のグラスに、お茶を注いだ。
暫く沈黙が続いた後、加奈子が意を決したように口を開く。
「嫉妬だとは、思います。……でも、何ていうか、一般的なものとは違うっていうか……」
「ん……?」
「佐藤くんは本当に優しいんです。あたし……妊娠のきっかけになるセックスの後に、佐藤くんと関係を持つまで誰ともしませんでした。だから、痛くないか聞いてくれて、すごく丁寧に扱ってくれます。それは、そういうことをすることに慣れてきた今でもそうです。だから……本間さんが羨ましかった」
加奈子の声が震える。
本人はそうではなかったというが、少なくとも、強引な行為ではあったのに。
にもかかわらず、佳織を責め立てるような言葉を吐く自分が浅はかで、最低だと思った。
「佐藤くんの欲求を、そのままぶつけられた本間さんが羨ましかった。それに、その時の佐藤くんの表情を知ってるってことが羨ましかった」
首にかけたバスタオルを、加奈子は下唇を噛みながらぎゅっと掴む。
「ーー佐藤くんがホテルを予約せずに、懇親会行くとしてもその日に帰ろうって提案したの何でだと思う?」
「わかりません……」
佳織はふふっと笑って、加奈子の濡れた髪の毛の上から、ぽんぽん、と頭を撫でる。
「後で話聞くからって言ってたじゃない?だから、さっき聞いたんだけど」と佳織は前置きをして話し出した。
加奈子と付き合っているとしても、佳織を見ておそらく欲情してしまうであろうこと。
佳織に欲情してしまう罪悪感がありつつ、それを八つ当たりしてしまうかたちで、加奈子に欲求をぶつけてしまうと思ったこと。
だから、泊まらずに真っ直ぐ新幹線で帰ろうと思ったのだと。
「二人きりの空間で、あなたにひどいことするのを避けたかったみたいよ。人ってないものねだりするんだよね。いつもと違う一面も見てみたいって。でも、そんなに優しく接するのは中村さんにだけなんじゃないかな。だって中村さんはきっと、もし佐藤くんが八つ当たりとか、拗ねてひどいこと言っても受け止めるでしょう。それがわかってるから、きちんと気遣うし、一字一句言葉も選ぶの。
それにあたしもそのつもりだけど、別に佐藤くんの見た目とか、子供っぽいところが好きなわけじゃないでしょう?」
こくん、と加奈子は頷いた。