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『MY PICTURE』
【大人 恋愛小説】

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MY PICTURE【真夜中のバーとダニエル】-1

彼女が来てからCDが増えた。彼女の来訪以来、たぶん唯一二人ぶんに増えたものだ。
食器は来客用のものを使っているし、彼女は大家に追い出されるほど貧乏だったから、身につける物もギリギリしかなかった。
なのに、どんなに生活資金が乏しくてもCDだけは買ってくる。
ユーズドにしろ、生活苦のなかで、それはそれほど安い買い物ではない。
「どうしてそんなにCDを買うんだ?」
最初の頃にそう尋ねたら、
「分からないわ。」
と、少し考えたあと短く言った。
「ふっとCDショップに寄りたくなって、お店の中をふらふらってするの。でね、ウィンドウショッピングするはずだったのに、気づいたら会計しちゃってお店を出ちゃってるのよ」
そして、彼女は少し不安そうに僕に尋ねた。
「私、どこかおかしいの?病院に行った方がいい?」
すこし神妙な顔をしたので、俺は少し客観的に考え直してみた。
「心配ないさ。あまり酷くなったら精神科つれて行ってやるよ。部屋がCDだらけになったら、いっそ店でも開くか?」
俺は読んでいた雑誌を放り投げながら、少し冗談めかしてそう言った。ばかばかしく思えたし、シビアな話は面倒だった。
「考えとくわ。ありがと」
すっかりいつも通りの口調になって苦笑に近い笑みをこぼすと、彼女はそのまま買ったばかりのCDのパッケージに歯を立てて、ミシン目から綺麗に噛みちぎったのだった。




「ルイ・アームストロングなんて渋好みだな」
九月だというのにまだまだ暑い夕方。空の色合いだけが、ほのかに秋めいたオレンジだ。
彼女が入れっぱなしたCDをそのまま流しながら、俺は一人でコーヒーをすすっている。彼女は撮影で泊まり込みだ。石川県の海の綺麗な日本海沿岸で撮影、らしい。

キクチとはあれからも交流があるようで、それほど大きな仕事ではないが、割に頻繁にモデルとして起用されている。他にも、時々キクチが他の仕事のオファーを手伝ったりしているようだ。
「…よっぽど気に入ったみたいだな」
冷やかし半分にキクチにそう言ってみても、きっと奴はただ、にやりと大きく一度笑うだけだろう。だろうと思うが、あるいは。
「…眠いな」
さっきの台詞がまだ足元に重たそうに転がっている。
「金が貯まるなら問題ないか」
俺だって大した仕事が有るわけじゃないんだ。ぼんやりとそう思いながら、冷めたコーヒーをすすった。



「ちょっと事務所まで来てくれない?」
担当編集からそう電話が来たのは夜も遅い時間だった。
「すいません、失礼ですが、今からですか?」
時計を見るともう夜の10時を過ぎていた。彼女は今日も帰っていない。
「そうよ。大丈夫、時間のことは心配しないで」
それじゃあ待ってるわ、とそれだけ言って電話が切られた。ブツリという無機質な音の後は、機械的に電子音が響くだけだった。さながら縄を切られたボートみたいに、俺は暫く困惑したまま携帯電話を睨んでいた。
電源を消し忘れたコンポのアンプが、静かな部屋の中でウイインと唸った。


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