投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

『MY PICTURE』
【大人 恋愛小説】

『MY PICTURE』の最初へ 『MY PICTURE』 0 『MY PICTURE』 2 『MY PICTURE』の最後へ

『MY PICTURE【スパゲッティと女】』-1

人物は撮らないと決めている。依頼できた事務的な物以外では、だが。
最近改築されたらしい陸橋の色は乳白色に濁っている。その、欠けた場所のないすべらかなアスファルトの手すりにもたれ掛り、ぐるんと仰け反ると大きな空が一面にひろがった。
さっきまで眼前に広がっていた小さくてせせこましい醤油蔵街が水面に揺れて、一転、俺の頭上に姿を現した。
「落ちるよ?」
心配している風でもなくただ淡白に注意を促す声に、俺はシャッター音で応える。
「飯は食ったか」
ジジー、とフィルムを巻き取る音を潮に俺はたずねた。もう日も高い。
「食べてない。あたしが自らエネルギー摂取にいそしむ程活力溢れてみえる?」
そう言う言い回しすると嫌われるよ、と苦笑気味に返しながら、しかし俺にはちっとも反感らしきものが湧いて来なかった。
「じゃあ食うか。他力本願のネグレクト・ガールが活力を奮起させたくなるような滋養の有るものでもな」
そう言う言い方するとモテないわよ、と笑い声を含んだ声が返ってきた。目線を上げた先には、細い白い足をピンクのフレアー・スカートからのぞかせた彼女が、まぶしそうに晴天の青空を眺めていた。風に乗って、醤油のにおいがする。





「イタリアン・レストランにそれほど滋養に良い物が有るとは思わないけど」
明らかに皮肉った口調でそう言うのは、昼時に外で会った時はここに来るのが半ば習慣化してしまっているからだろう。
「いいんだよ。安いし、そこそこ美味いし、何よりボリュームがある。こんな名店なかなかないぜ、フリーのカメラマン風情には」
言い訳めいてみた所でウエイターがしかつめらしい顔でオーダーを運んできた。ゴトリという音に続いたミートソースの強烈な酸味臭は、空腹な20代男には十分過ぎる殺傷能力をもっていた。なめらかな朱。
「すいません、小皿を二枚ほど」
ウエイターにそう頼むと、ウエイターは思い出した、というように小さく体を仰け反らせ、そうでしたね、すいません、と破顔した。数分後、別にオーダーしたラザニアと一緒に届けられた小さな陶器の取り皿に、スパゲッティーとラザニアを少しずつよそって彼女に差し出した。彼女は食事を頼まない。お金が無いし、第一ぜんぶ食べられた試がないから。それが、彼女の言い分だった。
小さな皿に、自前の小さなフォーク―――子供用のもので、プラスティックの白にピンクの花柄がついている―――で、パスタと格闘する様子はまるで小鳥のそれを連想させた。


『MY PICTURE』の最初へ 『MY PICTURE』 0 『MY PICTURE』 2 『MY PICTURE』の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前