飛んで火に入る……-9
嘲られても仕方がなかった。
弘恵はダイエットの為にボクササイズに通った事があった。
持ち前の運動神経の良さを発揮した弘恵は、インストラクターの言葉に乗せられてキックボクシングのフォームも教えてもらった。
サンドバッグを全力で蹴り、素早くミット打ちをしたりと、ストレス発散に汗を流す日々を送っていた。
……だがそれは、到底《実戦》と呼べるようなものではない。
「ふんッ!」
振り抜かれた長い脚が男を直撃する。
しかし、男の身体は揺らぎもしない。
『気性の荒い山猫だなあ?クククッ!こりゃあ躾甲斐がありそうだぜえ』
「ぎぐぐッッッ……」
『倒れないように支えてやるから…ね?安心してビリビリしててねえ?』
首筋と腰に激痛が走る……意識は混濁して上下も左右も分からなくなり、全身が脱力して直立すら不能になった弘恵は、まるでお姫様抱っこのように抱えられて黒髪を垂らした。
『コイツ、あの車のナンバープレートに気づいてたぜ?けっこう勘が利く危ないヤツだよ』
『へえ〜。クソマヌケの風花よりは優秀ってコトかあ。まあ、こんな簡単に拉致られてんじゃあマヌケっぷりは同レベルかあ』
『でも、あそこに散らばってる天ぷらの破片に気づいたんだから大したモンだよ』
抱えられながらドアを潜ると、そこには数人の作業員が立っていた。
好奇の眼差しで顔を覗き込み、そして見下すような冷たい目を虚ろな瞳に突き刺しては消えていく。
(……助けて…ッ……く、日下部さん……)
眩しい陽の光りに瞼が痙攣した直後、毛布に包まれて視界は闇に閉ざされた。
車両窃盗団と拉致実行犯の関わりを探っていながら、奴らの連携を考えなかった愚かに過ぎた行動……。
後悔と恐怖に震える身体は路面の突き上げにも揺られ、薄汚い毛布には涙と汗が滲みていった……。