9 執行前夜-1
ユリアが教会に来なくなってからもう一週間くらいが過ぎている。何もなければそれでいいのだが、オペレーションを施した身としては、少し気がかりだ。
ユリアはこの教会の近くに住んでいるエルフの女の子だ。
この教会の娘であるヒメリアは彼女とは長い付き合いのはずだから、ヒメリアなら何か知っているかもしれない。そう思って僕が尋ねると、
「やっぱり、ご存知ないのですね」
これが、ヒメリアの答えだった。この時すでに陽が傾きかけていた。
急いでユリアの住む家に向かったが、彼女はもうそこにいなかった。
実は彼女の自慰行為のことを母親は知っていたらしく、母親は彼女に女性用の拘束パンツを穿かせることによって、これを密かに矯正しようとした。この森のエルフの女の子は心身の清らかさを保つために、未成年のうちに自慰行為をすることは禁忌とされている。
母親がユリアの手足まで拘束するようになってから、父親がこれらのことを知った。
もう何日も学校を休んでいたユリアにはすでに森中で悪い噂が立っていたこともあり、父親は事態の収拾をつけるために聖堂教会に申し出た。
父親はここまで語ると目を伏せた。家のどこで、母親がすすり泣いている。
聖堂教会はこの森の中心にある教会総本山のことで、宗教儀式や処罰を執行することで森の秩序を維持するため機能している。
聖堂教会は本日ユリアの身柄を拘束した。彼女の刑が執行されるのは明日の正午、この森では自らを汚した未成年のエルフの女の子には罰を与えることにより、その汚れを浄化するという。
それからの僕は教会に戻り、ヒメリアからはユリアが処される刑について聞かされていた。僕はここにきて、人間とエルフの間にあるへだたりを、改めて認識させられていた。ヒメリアから聞かされた刑の内容は、未成年の女の子が受けるものとしては重すぎる。
僕らは今こうして温かい晩ご飯を囲みながらユリアのことを話しているが、彼女は今頃お腹を空かせていないだろうかと僕は心配した。
また、彼女のこれからのことを僕は案じていた。
人間の僕にはどれほどの権利もないのだが。
一方ヒメリアは、見習いとはいえこの教会の本当の司祭という立場を意識しているのか、ユリアに対してちょっとドライなところがあった。
「刑に処されるというのはとても恥ずかしいことです。恐ろしいほどに。それでも治らなければ、もっとひどい罰が与えられるだけですよ」
「君たちは、歳も近いのではないのか?」
「ええ、だからこそ分かるのです。彼女はいつかまた罪を繰り返すでしょうね」
ぷりぷりと茹であがったエビの皮を剥きながらそんな冷たいことをいうヒメリアを、僕は意外に思った。
「なぜ?」
「その。あの年頃は、すごく溜まりますから。ですがエルフの女性として、それを我慢できないというのは、やはり恥ずかしいことなんです」
ヒメリアは顔を赤らめたが、それでも凛として言い切った。
彼らのやり方を否定することはできないが、もっとユリアのために何かできることはあるのではないかとも僕は考えている。
それとも僕が彼女を心配するというのは、単なる僕の偽善にすぎないのだろうか。
あるいはこの感情は、僕が施したオペレーションが上手く機能しなかったのではないかという後ろめたさから来るものなのだろうか。
僕の魔法で彼女を救えると思ったのは、僕の傲慢だったのだろうか。
食事の後、僕は知り合いの魔法使いに知恵を借りるべく、手紙を書いた。
彼女の名前はフローネといって、僕がこの森の司祭として赴任するために一役も二役も買ってくれた人物だ。この教会の本当の司祭であるロイに掛け合ってくれたのも彼女だ。
外に出て、ピューと指笛を鳴らすと、森のどこかから一羽のミミズクが飛んできた。枝に止まり、僕を睨みつけているミミズクの足に手紙を括り付けと、ミミズクは飛び立った。
「あら、ここにいらっしゃいましたの?ずいぶんと探しましたわよ」
ヒメリアはもう身支度を整えて、出かける準備を済ませていた。
刑の執行は明日の昼間だが、今夜は前夜の儀というものがあり、ユリアの教区の司祭である僕らはこれを見届けなければならない。
ヒメリアは僕の羽織を腕に掛けていて、ぶつぶつと文句を言いながらも僕に着せてくれた。