麻衣ちゃんの性の悩み-1
「かんぱーい!」
狭いテーブルの上で、三つのグラス(とジョッキ)がかちん、と鳴る。俺はとりあえずの生中、麻衣ちゃんは二十歳未満なので宮崎マンゴーソーダ、そして琴美はいつものごとく初っ端から飛ばしてメガハイボールだ。
世間では今日が仕事納めというところがほとんどだろうけど、公共交通機関勤めに一般的な年末年始はない。早ければ一月の後半に「冬休み」が取れるけど、大晦日も元日も関係ないのが普通だ。おかげで今年は俺と初詣に行けると思っていたしのちゃんはおかんむりで、せっかくのクリスマスの朝、それもしのちゃんと二人っきりで過ごした「甘い夜」が明けた朝なのに、ゆうべの残りのケーキを頬張りながらぷんすかとむくれるという、見ようによってはかわいらしい顔をして不満を表していた。まあいろいろとなだめすかしたりキスしたりしているうちに徐々に機嫌は戻っていったけれど。
麻衣ちゃんは今日が年内最後のバイトで、琴美は明日はいったん休みだった。ならば、というわけで若手だけ ―何歳までが若手だか線引きは様々だろうけどうちの支店でとりあえず三十五歳未満なのはこの三人だけだ― で忘年会を催そう、ということに急遽相成った。明日俺は出勤なんだけど、そこはまあ、女の子二人と飲めるんだから細かいことは言わない。
ぐいっ、とメガハイボールを三分の一くらい一気に空けた琴美が、ふはー、生き返るねええ、とおっさんみたいなことを言いながら吐いた息がジョッキを喉元に下げた俺の顔にギリギリ届く。その琴美に麻衣ちゃんが苦笑いしながらフードメニューを開いて見せる。やべ、琴美にフード任せると際限なく注文するからなこいつ。このすらっとした体型、着痩せかと思っていたら胸以外は見た目どおりスリムだった、あの夜に見せてくれた素肌の身体のどこにあの量の食い物が入っていくのか謎なほど、飲み会の琴美はよく食う。串盛り合わせに卵焼きに増し増しポテトフライにほっけスティックにあさりバター。あ、このハラミ焼きもお願いしまーす。麻衣ちゃんがいようがおかまいなく、女子が頼みがちな(そしてたいがい残しがちな)シーザーサラダとかチョレギサラダとかあたりは完全スルーだ。
「そういえばさあ」
怒涛の注文を終えてハイボールをもう二口ほど飲んだ琴美が言った。
「あたしこないだ支店長と雑談してたらさ、支店長、来年はちょっと増員とかしてくれるよう上に投げてみてるから、とか言っててさ。ほら、あたしちょっと前に人増やせませんかって話したって言ったじゃん。やっとその気になってくれたっぽいんだよね」
たぶん俺が出した異動の希望とリンクしているな、と思った。正直、うちの会社はフルサービスキャリアと比べて給与も福利厚生も労働条件もあんまり良くないから、中途採用を募集してもなかなか人が集まらない。正直俺だって本音を言えばANAやJALに行きたかったところを学校名と成績で断念した口だから、大手と資本関係があるわけでもなく国際線もやっと今年から就航し始めた程度のさくら太平洋航空に就職したがる人が少ないのはわかる。
だから各支店は常にギリギリの人数で回している。身体が多少具合悪い程度では休めないし、一人二役どころか三役も四役も珍しくない。せめてあと一人いてくれたら違うのに、と思うことはしょっちゅうだ。そんな中で俺が異動の希望を出したから、それと抱き合わせで増員の話を出したんだろう。
「今年は麻衣ちゃんが入ってきてくれたからだいぶ楽になったけどねー」
ほっけスティックをほくほくとかじりながら琴美がそう言って、麻衣ちゃんの左腕におどけたようにしがみつく。
「そんなぁ……みなさん良くしてくれるから、どうにか足手まといになってないだけですよ」
琴美の、俺がやったらまちがいなくセクハラになる密着攻撃に軽くあたふたする麻衣ちゃんがかわいい。でも琴美の言うとおりで、麻衣ちゃんがいるかいないかは結構大きい。ちょっとドジっ子なところはあるけれど仕事の飲み込みは早いし、基本真面目で素直だから支店の大人たち ―支店長や運行主任から見れば娘の年齢だ― からもかわいがられている。琴美ともなぜか相性がいいみたいだし、俺にとってもいろいろ材料を提供してくれているオナペットだし。あ、いや、そればっかりじゃねえけどなもちろん。
「や、ぜったい麻衣ちゃんの存在は大きいよ。だって」