「会社の上司と妻」-1
金曜日の夜、時刻は22時を過ぎたあたり。草野家のリビングでは、この家の主人である健一と、会社の上司である近藤がテーブルを挟んで向かい合って飲んでいた。
そこへ健一の妻である綾子が戻り、近藤へ声をかけた。
「近藤部長・・。お風呂、空きましたから・・。どうぞ・・」
「おお、そうか。すまんな。じゃあ、ワシも念入りに洗ってくるとするか」
近藤はそう言うと椅子から立ち上がり、Tシャツ姿の綾子の肩にポンッと手を置いた。そのギラギラとした視線は、風呂上がりで薄着になった綾子の胸元に集中していた。そして、浴室へと向かっていった。
「綾子、座りなよ。もう少し飲んだ方がいい・・」
健一は妻にそう言うと、自分の隣に座るよう促した。綾子はため息をつきながら椅子に座り、健一から渡されたワインに口をつけた。
今から1時間ほど前の夜21時ごろ。夫の健一と共に近藤がこの家にやってきて、軽い食事と酒を用意した。しばらく綾子も付き合って飲んでいたが、シャワーを浴びてリビングに戻ってきた。
「ねえ、健一さん。わたしは大丈夫だからね。心配しないで」
「すまない、綾子・・。僕のせいで・・」
健一は妻のほうを見ることができず、リビング隣の和室のほうに目をやった。そこにはすでに来客用の布団が1つ敷かれていた。今から上司である近藤と妻の綾子が、この布団で1時間ほど過ごすことになる。
事の始まりは、健一の浮気だった。しかし決して、妻の綾子に魅力がない訳ではない。綾子は多くの男が抱きたいと思う身体をしている。健一も娘が産まれるまでは、毎日のように妻の身体を抱いていた。
しかし、よくある話ではあるが、出産を経験して母となった綾子を見て、女として見られなくなったところがある。綾子が昔からセックスがあまり好きではないことも影響していた。
健一は今年で35歳、妻の綾子は30歳である。幼稚園に通っている一人娘がおり、3人で平和にこの一軒家で暮らしてきた。しかし、2年ほど前から夫婦のあいだに性交渉はなかった。
そんな折だった。会社の若い女性社員から言い寄られ、最初は食事を共にする程度だったが、そのうち就業後にホテルへ行くようになり、肉体関係を持ってから1ヶ月ほど経ったころだった。
健一は同じ部署の部長である近藤から会議室へ呼び出され、一枚の写真を見せられた。そこには健一と浮気相手の女性社員がホテルに入る様子が写っており、弁解の余地はなかった。
近藤の話によると、近藤のところへ匿名でこの写真が送られてきたが、このまま上層部へ提出してしまえば、健一は左遷、最悪の場合には会社を辞めねばならない可能性もあり、その前にまずは健一に事情を聞こうと近藤はこうして呼び出したという。
健一は近藤に懇願し、なんとか事なきを得た。近藤はこの件について、どこにも報告せず、今後この件が明るみに出そうな気配があれば、近藤がすべて内密に処理をしてくれるという。近藤は「優秀な部下を失うわけにはいかん」と言ってくれ、健一は心から感謝した。
その代償として、近藤から妻の綾子との肉体関係を要求された。近藤は、以前から綾子のことを知っていた。健一は居酒屋で近藤と飲んだ際に、近藤から迫られ、妻の写真を見せてしまったのだ。近藤はそれを食い入るように見つめ、一目で綾子のことを気に入ったようだった。
もちろん、すぐに「はい、分かりました」と返事が出来るはずもなく、「妻に事情を話してみます」と健一は近藤へ伝えた。
その日の夜、意を決した健一は、綾子にすべてを正直に話し、とにかく謝罪した。意外にも綾子は浮気に対してそこまで怒った様子は見せなかった。
綾子自身、セックスが好きではなく、夫婦生活がこの数年なかったことから、健一がどこかで多少は浮気していても構わないと思っていたそうだ。
もちろん、浮気相手に本気になられるのは困ると注意はされたが、健一は浮気相手とはただの性欲解消にすぎないことを正直に話し、許してもらった。
そこまではまだ良かったのだが、次が問題だった。健一はその件が会社で明るみにでそうなこと、そうなる前に近藤部長が救ってくれたこと、そして交換条件として、綾子との肉体関係を望んでいることを恐る恐る伝えた。
驚いた綾子がすぐに受け入れるはずもなく、結論を出すまでに1ヶ月を要した。しかし、最終的には綾子も夫のためを思ってか、仕方なく近藤部長との関係を受け入れることにしたのだ。
しかし、近藤と関係を結ぶにあたり、綾子からいくつもの条件が提示された。健一はそれを近藤に伝えると、「分かった、奥さんからの条件は全て受け入れる」と答えた。その時に見せた近藤部長のニヤついた顔が、健一の脳裏にしばらく焼き付いていた。
こうして近藤と妻の関係が始まることになった。平日の水曜日と金曜日の夜。まだ幼稚園の一人娘を綾子が寝かしつけた頃、だいたい21時頃になるが、健一と近藤が一緒にこの草野家へと帰宅する。
そして23時頃まで、妻と近藤がこの家で過ごすことになっている。情事が行われるのは、1階の和室だ。
娘は2階で寝ており、その間、夫である健一も2階の自室で待機することになっている。事が終わり次第、近藤は帰宅する。
この家から近藤の住むアパートまでは、電車で2駅の距離にある。近藤にも家族があるが、今は単身赴任だという。
「健一さん、別にセックスするわけじゃないわ。単に性処理して終わり。それだけよ。何も心配ないわ」
綾子はそう言うと、覚悟を決めたように、健一から渡されたグラスのワインをグイッと飲み干した。