26)着物から飛び出したモノ-2
けれども、今の説明をみさきがどのように受け止めるのか… その事を雄一は一瞬で計算して言葉を使っている。
そして、みさきも雄一の計算通りに、この言葉の意味を考え始めていた。
「 だから、 さなには普段通りの格好で、海女の潜り方とか姿勢とかを教えてもらったり、実際に映像に記録したりしていたんだ。 朝からずっとしているから、さなも疲れているんだよ… 」
みさきの頭の中では、雄一の誘導によって、取材の内容が(雄一に都合よく)形作られていく。
さなちゃんがいつも潜っている格好… 裸で潜り方とかの実演を、この部屋でしていて、きっと水中姿勢とか方向を変える泳ぎ方をやって、つかれてしまったのかも…
この、みさきの考えには、少し… いや、かなり無理がある。カエル泳ぎの格好の途中で疲れて寝てしまう事なんて、あるのだろうか…
それでも、雄一の説明の中の『 ある機関 』からの『 調査 』という言葉の魔力は、みさきと言うまだ小6の少女に、自分自身を信じ込ませるだけの力(ちから)を持っていた。
雄一が続ける。
「 だから、 さなは普段通りの格好で… それが裸なんだけどね… その事、みさきも知っているよね… 」
小さい声で、
「 はい… 」
「 じゃあ、 たぶん、 みさきも普段から裸で潜っているのかな? 」
もっと小さな声で…
「 はい… 」
「 でも、 別に恥ずかしくなんかないんでしょう? 」
それは、その通りである。普段は、さなしか居ないのだから…
「 はい… 」
消えそうな声…
「 やっぱり、そうだよね… さなも全然恥ずかしくないって… だから平気でこの格好になって取材を受けてくれてるんだ… まだ見習いだって聞いてるけど、さなのプロ意識って偉いなあと思うよ… 何か 海女のプライド って言うのを感じるよ… ねえ? みさきもそう思わない? 」
この名指しの質問に、つい反射的に、でも、少し声の大きさを戻して、
「 はいっ 」
と、みさきは返事をしてしまっていた。
「 うんっ いい返事だね、 良かった! みさきも普段通りの格好で、取材、頼むね! 」
雄一が、当たり前の様に、明るい声で言ってきた。
その勢いで、頭が考える前に、口が勝手に動く。
「 はいっ 」
その直後、みさきは心の中でうろたえていた。自分の返事が何を意味するのか、言葉が口から出てしまった後で、その事に気が付いたからだ。
「 せんせいの前で… 男の人の前で… 本当に服を脱がないといけないの? 断れないの? 」
「 でも、 さなちゃんは、いつも通りの裸で取材されたって… 全然恥ずかしくないって… プロ意識だって… 海女のプライドだって… 」
「 わたし… さなちゃんみたいな勇気… あるのかな… わたし… プロ意識が足りないのかな… こんな気持ちで海女さんになれるのかな… 」
雄一の計算通りに… いや、計算以上に… みさきの頭の中で勝手に思考が動き回っていく。
「 でも、 さなちゃんは出来てるし… だって、目の前で、裸になってるもん… お仕事の格好だから、プライドだから恥ずかしくないんだ… わたし、自分がまだ見習いにもなってないから、意識が足りないんだ… 」
前からずっと、わたしにやさしくしてくれた さなちゃん と お母さん…
わたしのウチは、みんなから白い目で見られてるのに、海女になるのも難しいのに、一生懸命に海女の練習を教えてくれている… わたしは海女さんになって、そこで頑張って、この島で恥ずかしくない生き方をしたいのに… だから海女さんになりたいのに… わたし、本当に海女さんになりたいの?
突然、心の中に声が聞こえた。
「 お前は、覚悟が足りないんだよ… だって、私の娘だもんねえ… 」
意識の中の母が冷たい口調で、わたしに向かって言っている。
そんな事… そんな事ない… わたしは本当に海女さんになりたいの… 覚悟だってある! 『おかあさん』よりもずっとある!
感情的になると、『母』と客観的に呼べなくなるのが みさき のクセだった。図星を突かれて、つい、心の中で言い返していた。
みさきは分かっていないのだ。心の中のやり取りで、自分に投げかけられる言葉と言うものは、実は自分自身が気にしている内容だ、という事に。
『 覚悟が足りない 』
この気持ちを突き付けられて、みさきの心は大きく揺らいでいた。
そして丁度、みさきが心の中でここまで考えた時…
悪魔的な直感なのか、それとも偶然のタイミングなのか、雄一から次の言葉がみさきに与えられた。
「 それじゃあ まず『 身体検査 』からやっていこうか… 取材対象者のデータはとても重要な情報だからね… もちろん、さなにも一番最初に検査してるしね… 」
みさきの大きく揺れている心が、更に動く。
でも、さなちゃんもやってるって… そうだよね、さなちゃんはプロなんだし… わたしは… プロじゃ無いからしなくても… でも、海女さんになりたいんでしょ…
「 お前は、覚悟が足りないんだよ… 」
また、心の中で母が… 今度はあざ笑う様な顔で話しかけてくる。
違う! 覚悟はあるの! わたし、海女さんになって、この島で堂々と生きたいの!