妻を他人に (6) その日-6
それからのことは、断片的にしか覚えていない。
二人の唇が触れ合う断続的なキスの音、半開きとなった妻の口の中にZの舌が入っていったこと、ゆきは自分から舌を伸ばすことこそなかったがZの舌の侵入を拒否することもしなかったこと、二人の舌と唇の間にときおり唾液が糸を引いていたこと、衣擦れの音とともに男の手が妻の身体をまさぐっていたこと――。
どのくらい時間がたったのだろう。
「パパ……?」と呼びかけるゆきの声で我に返った。
「パパ……ねぇ、聞いてる……?」
「あ……あぁ、ゆき……」
見ると――いや、ずっと見ていたはずなのだが――ゆきは相変わらずZの下に組み敷かれていた。
Zの手のひらが妻の乳房にあてがわれようとしていた。
「Zくんだめ……。ちょっと……ちょっと待って……」
Zを押しのけ、上体を起こすゆき。
はだけたシャツの首元から、サーモンピンクのブラジャーの肩紐が覗いている。
めくれ上がったスカートの裾をゆきが直すとき、着替えたばかりのショーツがちらりと見えた。それもまた、ゆきお気に入りの「一軍下着」だった。
ソファの上に横座りとなった妻は、息を少し荒くしている。
潤んだ瞳、上気した頬。
きれいに結わえてあった髪は乱れ、汗ばんだうなじや額に後れ毛が張り付いている。
「パパ……。どうするの……?」
髪を手ぐしでとかしながら、ゆきがポツリとつぶやいた。
半開きの口元は唾液に濡れている。
「つ……続けて……ほしい……」
「……………………」
「……Zに……抱かれてほしい……」
「……………………」
私の言葉が、重苦しい沈黙に流され、消えていく。
「俺の身勝手な願いを叶えて、くれないか…………?」
「……………………」
住み慣れた我が家のリビングで、妻が、他人に抱かれる。
何度も笑い合い、おしゃべりを楽しみ、愛を結んだこの場所で。
「ゆきのこと、大好きだから……今も、これからも……」
「…………」
「今日ゆきが何をしても……俺の気持ちは変わらな……」
「私………………されちゃうんだよ……?」
ゆきが私の言葉を遮った。
声が震えている。
「本当に、いいの……?」
私は妻の目を見つめ、うなずいた。
*
後ろからZが近づき、ゆきの腰に手を回した。
妻の腹をさすり、太ももを撫で、尻の丸みをなぞる。
「パパ……。もう見ないで……」
無骨な手はシャツの裾から中へ入り込むとするりと上へ移動し、妻の胸の膨らみへと到達した。
妻の乳房に、夫以外の男の手が、そっとあてがわれている。
「パパ……」
人妻の丸い双丘は形を変えながら二度、三度と大きく円を描く。
シャツの中でブラジャーのホックが外される、プチッという音が、小さく聞こえた。
「……ぁん……っ」
ゆきの口から甘い声が思わず漏れた。
Zが、妻の乳首を探り当てたのだ。
慌てて私から目をそらし、手で口を塞ぐゆき。
「んっ……んんっ……んふぅ……っ」
人妻の乳房先端のしこった蕾が、他の男の手で摘まれ、弾かれ、手のひらで転がされている。
固く閉じたはずの唇の隙間から、吐息がこぼれる。
「お願いパパ……っ……」
下を向き、唇を噛みしめるゆき。
「早く……どっか行って…………」
*
私は立ち上がり、寝室へ向かう。
荒くなる妻の吐息と衣擦れの音を背中で聞きながら。
寝室のドアノブに手をかけたとき、後ろからひときわ甲高い声が聞こえてきた。
「んっ……ふぅ……っだめ……」
思わず振り返ると、Zの手がゆきのスカートの中に挿し込まれ、小刻みに震えていた。
「……まだパパが……いるから……ぁあ……っん!」
人妻の腰が跳ね、乳房が揺れた。
苦悶の表情を浮かべる妻と、目があった。
あれ? ゆき?
俺、ゆきのこんな表情、見たことあったっけ?
「見ないで……あぁ……んく……っ!」
猛烈な後悔が私を襲う。
私だって見たくなかった。ゆきのあんな表情、あんな姿、あんな尻の動き。
なんだ、あれは。
今すぐやめろ。
今すぐ妻に駆け寄り、Zから引き剥がしたい。
なのに股間は熱く膨張している。
私は逃げるように寝室へ入ると、ドアを締めた。
ベッドへ腰掛け、耳を澄ます。
パンツの中でペニスがどくどくと脈打っている。
やがて扉の向こうから、ゆきの女の声が聞こえてきた。
聞いたことのない、声だった。