母の日のハハと子-1
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二年生になって間もない4月半ば。
僕は同級生のトシ文といっしょに、カーネーションの飾り付けが目立ちはじめた商店街を歩いていた。
「『母の日』か……」僕が言葉をもらすと、トシ文は舌を打った。
「母親なんて、イヤな女や。」
僕は驚いてトシ文の顔を見た。トシ文は僕に目も向けずに言った。
「他の奴は他の奴で、母親を好きでおったらええ。そやけど俺は……母親がイヤや。」
僕は身体が固まった。
トシ文のお母さんとは何度も会ったことがある。(ちょっとぽっちゃりした、ニコニコしとる女のひとやのに……)
「キミには」と、トシ文は僕を見た。「どんな女に映っとるか知らんけど、あの女は俺を産んで憎んどるんや。」
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それはトシ文がc学生のとき、母親がリビングに置き忘れていた硬い表紙の分厚いノートをペラペラめくったことから始まった。
そのノートの前半に、若き日の母親は小説の梗概らしい文章を綴っていた。
しかしその文章を隠すように、母親は料理のレシピの切り抜きを貼り付けていた。
そのレシピを貼るページは、やがて何も書きこまれていない白い紙になっていた。
それがノートのおしまいに近づいたころ、緑の蛍光色ボールペンで書かれた文章が現れた。
目がチラつき読みづらいその文字で書かれていたのは、
私はトシ文を憎む。
で始まる手記だった。
強姦同然に夫に妊娠させられた私は、産まれてきたトシ文によって、文章を綴る楽しみを奪われてしまった。
授乳するたびに、私の心の中に宿っていたファンタジーやロマンスの構想が、トシ文に吸いとられてしまった。
そんなトシ文を一家の宝のように扱う夫も憎い。
貴様たちは私の未来を、オムツの糞尿に混ぜて包んで棄ててしまった。
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「それからあと……」トシ文は大きく息をしてうつむいた。「とてもやないけど、言われへん。……
そんなに産みたくないんやったら、堕ろしたらすむ話やないか……」
僕は何も言えなかった。