妻を他人に (1) 告白-4
ネットの情報によると、夫の「やましい」嗜好は「寝取られ性癖」というものらしかった。
「変な性癖だとは自分でも思ってる。でもどうしようもないんだ」
やきもちが服を着て歩いているような自分のような人間にはまったく理解できない感性だが、世の中には、愛する女性が自分以外の異性とセックスすることに興奮を覚える男性が一定数存在しているらしい。
夫のカミングアウトを受けても未だ信じられぬ気持ちでネット検索してみたところ、寝取られ性癖に関する情報が出るわ出るわ。
「これってこんなに一般的な性癖なんだ……」
「一般的かどうかはちょっとわからないけど……ただ珍しくはない、とは思う……」
「えーっと……『興奮するポイントはセックスだけにとどまらない。単に他の異性に好意を抱いたり、他の異性を想像しパートナーが自慰をするだけでも興奮可能である。また逆のパターンもある。つまりパートナーが他から異性として好意を寄せられる、ナンパされる、性的な目で見られるといったことでも性癖が刺激され興奮してしまうのが特徴である』だって……。パパじゃん、これ」
「うん。ナンパもそうだし、あと最近ゆきって『美人すぎる広報』とかいってネットで少し騒がれてるじゃん?」
「あーー……」
会社への取材で撮られた写真が下品なサイトに転載され、下品なコメントがたくさんつけられているのを夫に見せられたことがある。なんでも巨大掲示板とやらに私専用のスレッドが立ち、まとめサイトやまとめ動画もかなりのアクセスがあるらしい。
「ああいうのでも俺、嬉しくて興奮しちゃって……ゆきが嫌がってるの知ってるのに見せて反応を楽しんだり……それも性癖の一部だと思う。ごめん」
彼の顔をまじまじと見つめると、神妙な様子で私の反応を伺うような表情をしている。
「私のこと、好きじゃないの? 愛してないの?」
大きくかぶりをふる夫。
「それもここに書いてある」
夫がスマホで指差した箇所には「寝取られ性癖の根底にはパートナーへの深い愛が存在している」こと、「パートナーへの愛とそれに基づく嫉妬は、この性癖が成立するために必要不可欠な要素である」ことが書かれていた。
「嫉妬は……してくれてるのね。『してくれる』っていうのもなんか変だけど」
「もちろん! むしろめちゃくちゃ嫉妬しちゃうんだ」
パートナーにちらつく異性の影に嫉妬してしまうという点で、いわゆる「普通」の人と寝取られ性癖の人とで違いはないのだという。
「ごめん、変なこと言って……」
「ほんとに変だね」
変ではあるが、「後ろめたいこと」が麗美のことではなかったことに、どこかほっとする気持ちもある。
しかも「パートナーへの深い愛」だなんて。
やだ、嬉しい。
思わず頬が緩むのを感じ、ゆきは慌てて顔を引き締めた。
「ゆき……笑ってる?」
「わ、笑ってなんかないよ……!」
「笑われても仕方ないけどね……」
自虐的にため息をつき申し訳無さそうな顔をしている夫。
なのに下半身は固く張り詰め、ゆきのお腹をときおりビクン、ビクンと圧迫してくるのだから、やっぱり可笑しい。
そしてちょっと、可愛い。
「つまり嫉妬でで腹が立つのが私で、興奮するのがパパってこと?」
「そうそれ! さすがゆき、理解が早い!」
私が理解したのがよほど嬉しいのか、夫の顔がパッと輝いた。理解しただけで、受け入れたわけではないのだけど。
「今日ゆきたちがナンパされて、嫉妬して興奮したの?」
うんうんとうなずく夫。
「今までも男の人に誘われた話はしたことあるけど、あれも興奮してたの?」
「してたよ。でも今日は最初に写真を見ちゃって、しかもゆきそれを隠そうとしたじゃん? 今思うとアレがヤバかった! 写真の男となにかやましいことが?って思っちゃって……。その瞬間自分でもうわーって、もうわけがわからなくなってそれで……」
「それで……あんなにすごくなっちゃったんだ……」
「はい……」
「……パパ? 今もなんだか下の方、動いてない?」
ちょっと意地悪を言ってみる。
「あ、ご、ごめん……」