安倍川貴菜子の日常(4)-4
エドのかけた電話の相手先は幸一郎だった。重そうに携帯を抱えながら話すエドを護と貴菜子が暫く見つめていると話が終わったのか、エドは携帯を畳むとそのまま護に話の内容を伝えた。
「マスター、貴菜子ちゃんの手伝いに関しての申請と許可はもう協会に通ってるってよ。それでこの件の書簡も今週中に郵送されるって支部長様が言ってたよ」
「なんか随分と手回しが良いよな。本当に大丈夫かぁ?」
「支部長様だって伊達にトナカイを6頭使役してる訳じゃないんだからマスターとの仕事のレベルを一緒にしちゃダメだって」
やれやれといった様子で護を嗜めるエドに護はエドの言葉が正論故に黙ってしまった。
因みにエドが言っているトナカイを使役する頭数についてだが、サンタクロース協会本部にいる会長であり長老でもあるサンタはトナカイを8頭使役している。これはサンタが使役できるトナカイの最大数であり、8頭のトナカイを使えるのは協会会長を勤める長老サンタの直系の血縁者のみに出来る事なのである。
従って、幸一郎を始めとする長老以外の純粋なサンタの家系でない者達にとって6頭のトナカイを使役するという事はサンタとしての能力が破格であるという事を示すものでもあった。
「うーん…協会の手続きがちゃんとしてるなら手伝ってもらうか。でも、安倍川は家の手伝いは大丈夫なのか?」
護の問いに貴菜子は「大丈夫だよ。なんとかするから」と答えると日常ではあり得ないサンタの仕事を手伝えるという嬉しさからか満面の笑みを見せるのだった。
こうして貴菜子は神野護というサンタ初心者の助手という事でこれからクリスマスまでの手伝いをする事になったのだが、まだこの時点で貴菜子はサンタの仕事と日常生活の両立の難しさを理解していなかったのだ。
護の仕事の手伝いをする事が決まった貴菜子は公園で護と別れ、夕暮れの街を足早に歩き『ラパン』のある自宅へと戻ったのだった。
「ただいま〜」と機嫌の良さそうな声で貴菜子は店舗側にある入り口とは別にある住居側の玄関から家に入り帰宅を告げると「キナちゃん、おかえり〜」という柔らかで優しい声が返ってきた。
声の主は貴菜子の母のエリスだ。貴菜子は玄関からリビングへスリッパをパタパタとさせながら急ぐとリビングに入るなりエリスに相談を持ち掛けた。
「ねえ、お母さん。これからクリスマスの間なんだけど、ちょっと用事があってあまりお店のお手伝いが出来ないんだけど良いかなぁ?」
申し訳なさそうに話す貴菜子をニコニコと見つめるエリスは人差し指を顎に当てて少し考える仕種を見せると「しょうがないわねぇ。それじゃあ、お母さんがお店に出るわね」と言うと貴菜子に制服を着替えてくる様に促した。
「お母さん、ありがとう!それじゃあ着替えてくるね」
貴菜子がリビングを出て行き、エリスは自分一人である事を確認するとチョコの名前を呼んだ。
「ここにいるでし、エリス様」
先程まで貴菜子の鞄が置いてあったソファーの陰からチョコが姿を現したのだった。
するとエリスはソファーに座り、チョコを抱き上げると自らの膝の上にチョコを乗せた。
「チョコ、今回キナちゃんはどんな事をするのかしら?」
「えーっと、今回はサンタさんのお手伝いでしよ」
チョコは貴菜子が護の仕事の手伝いをする事をエリスに隠す必要はないと判断したらしく今回の一件を手短にエリスに説明した。
その話を聞いたエリスは「まあまあ、キナちゃんったらそんな楽しそうな事のお手伝いなんて羨ましいわ。出来るなら私と変わって貰いたいくらい」と冗談とも本気とも取れない科白を笑顔で言いチョコをビックリさせたのだった。