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TRANCE
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TRANCE-2

「先生、あの、つまりミユはどうなったんでしょうか。いや、すみません。うまく質問さえも出来ない。つまり、彼女はどうしてこうなって、これからどうなるのか、それを教えていただきたいんです」
賢明に言葉を選びながら僕は質問した。
頭の中では、それなりに聞きたいことがあるのに、いざ言葉にしてしまうとなんだか論点とずれている気がした。高藤は、キツネのような目を伏せ、淡々と言った。
「トランス・チルドレンは、みんな同一の傷を持っています。世界や人間に幻滅し、同じ人間である自分への興味と価値を無くします。失ってしまうのです。その瞬間、彼らは「人間の認識」つまり「己の存在」さえも認識出来ずになってしまう。つまりそれがどういうことかと言うと、自己の喪失につながるのです。分かりますか?
彼らは、自分たちの意味さえも切り捨て、それで自分たちの存在を明確化するわけです」
頷いたものの、さっぱり分からなかった。
だけど、と思う。それじゃあ、ミユは人間に幻滅して僕の元から去ったというのだろうか。人間の、僕から。僕の存在理由さえも、切り捨てて。とたんにショックが針のように喉元まで競り上がり、僕は嗚咽をこらえた。
息が荒い。もう一度、ゆっくりと彼女の寝顔へ目を向けた。白い。真っ白だ。ミユ。お前は、どうしてそんなになるまで僕に何も言ってくれなかったんだよ。彼女に向けていた感情は、悲しみよりも憎しみに近い気がした。
「ミユは・・・」
涙のからまった声で、僕は言った。
「こいつは、もう死ぬんでしょう?肉体がここにあっても中身は消えてしまった」
医師からの答えはなかった。理解不能の沈黙。不審に思って、彼の方へ向き直る。
白衣のポケットへ両腕を突っ込んだまま、しかし高藤は僕を見てはいなかった。彼の視線は、真っすぐにミユへ向けられている。さっきまであれだけ喋っていたのが嘘のように、口を一文字に結んだまま。
「あの」
不安に耐え切れず、何かを言おうとした。しかし、その先を制したのは、高藤の一言であった。
「ミユさんを連れ戻すことは可能です」

流線形のコールドスリープ。一つは今もミユが眠っている。僕はその隣に並べられた方へ横たわった。高藤と数人のスタッフの顔が僕を真上からのぞき込む。そして、その内の一人が手に持った書類をめくりながら言った。
「タカヤさん。これからあなたはここで眠りにつきます。たいしたことはありません。ただ眠るだけです。仮死状態でもなんでもない。ただこちらの方で、眠りの深さを調節させていただきます。レベルは、隣にいるミユさんと同じです。脳波も呼吸も、何もかも同じです。つまり、彼女の行ってしまった世界にシンクロさせるのです。しかしあなたが彼女に会えるという確証はありません。これは賭けです。過去に何度かこうしてトランスを救った例もあるので。あとは可能性に賭けるしかない。ああ、心配はなさらないで。君は眠るだけだから。それじゃあいいですか。閉めますよ。横になってください」
目の前を、ゆっくりと透明な蓋が遮った。とたんに瞼が重くなる。この眠りの先に、ミユはいるのだろうか。果たして、彼女に会えるのだろうか。眠りの渕から落ちる瞬間、僕は彼女の笑顔を思い出していた。

眼前には、青い世界が横たわっていた。僕はその場に突っ立ったまま、ぐるりと周囲を見回す。ここは、どこだ。そう思うのと、この場所がミユの居場所なのだと気が付いたのは、ほとんど同時のことであった。それにしても、なんて美しさだ。当てはまる形容詞が見つからない。まるで、このなにもかもがオーロラとガラス細工で精巧に造られたようだ。 一歩踏み出すと、そこが砂漠であることが分かる。結構深い。
力を入れたら、まるごと飲み込まれてしまいそうなほど、柔らかい。
「ミユー」
僕の叫びが、天に吸い込まれて消えた。
ミユー。どこだよ、ミユー。返事しろよ。


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