俺が女に見える世界の話3-2
週末の午前2時頃、俺は事前連絡をした上で梶原さんの店に行った。
高級車が二台、運転手付で停まっている。
恐らく中の客待ちだとは思ったが、約束の時間なので店に入る事にした。
「誰だね君…もう店は終わりだし、ここは紹介制だよ?」
前回居たどこかの会長が2人居て、一人が俺を迷い犬を見るような目で睨んでくる。
「弼沼さん、彼には面識がありますよ。1ヶ月ほど前に」
梶原さんが静かにフォローする。
「うん?…まさか、君!あの美女か!」
「おおー!あの!なんだい?今は投薬中止中な のかい?」
「いやぁ!君は女になるべきだよ!あんな綺麗なんだから!俺の愛人にしたっていい」
「弼沼さんだめだよあんたケチなんだから!俺なら沢山金出してやるよ。巨根だしな。君も男に抱かれたくて試したんだろ?」
俺が男の姿だからか、前回と打って変わって下品で失礼な言動をこのお偉いさん達はしてくるもんだな、と俺は怒りが噴き出しそうになるのを既で抑え、にこやかな笑みのまま相槌とも取れるように首を揺らした。
2人は俺の肩をバシバシ叩くと、店を出ていった。
数秒の沈黙の中、俺の反応を探るように梶原さんが俺を見る。
そしてみるみると表情を曇らせながら口を開いた。
「本当にすまない…あんなことは犯罪だ。
君を弄んで傷付けてしまった。
…酷い目に合わせてしまった」
本心の言葉である事が分かる、真っ直ぐで、とても重いトーンの口調だった。
俺も、正直な事を言いたくなった。
「梶原さん…俺、媚薬が無くても、女の身体じゃなくても、多分あなたに抱かれて凄く感じてたと思います。あの時は怖かったですが…思い返して、オナニーも数回しています」
「…本当かい?」
「俺、あの爺さん達の言う通り、倫理観が多少吹き飛ぶくらいセックス大好きなんですよ。実は、女性の時に親父に頼まれて…ヤリました。他にも数人してます」
「へえ…宮原くんと…そうか。セックス一回で解離反応が始まるなんて、少しおかしいとは思ったよ」
改めて見ると、梶原さんはやはり俺のタイプなのだ。
長身でガタイがよく、組長みたいな風貌の割に落ち着いた口調。
そして常に、話す相手にきちんと投げかけるように言葉を紡ぐ。
俺は、この人を、綺麗な人だと思った。
「娘さんの事、聞きました。親父から。」
「娘…ああそうか。君はまともなジェンダー感を持っているんだね。」
少し明るくなりかけた梶原さんがまたワントーン雰囲気が暗くなった。
でも、俺はこれをどうしても聞きたかった。
「僕はね、そうはなれなかった。女性に『戻りたい』というあの子に違和感を凄く感じた。
勘違いじゃないか。それに、僕に似てるんだから気持ち悪いだけだって。
…傷付けてしまった。僕が殺したも同然なんだ…」
俺はうなだれる梶原さんの肩を、しっかりと掴んで言った。
「梶原さんが言わなくても、彼女はパスの問題に直面し、傷付いたと思います。
…俺もそんなに詳しくは知りませんが、全く女性に見えるように完璧に見た目を変えるか
社会の認識をアップデートするか。
前者と後者は当事者でも論争が巻き起こりますし、残念ながら
後者は今やっと少し変わり始めた程度です。
自分が脅かされる時、守れるコミュニティに属せるか、それとも
自分自身を強く守る事ができるか。
マイノリティとマジョリティに分け隔てなく人生のミッションが架されるとして
マイノリティに架されたものの1つが、そういったもので、それは越えるべきものなんだと
僕は思っています。」
我ながら知ったような口をきいたと思う。
でも、本当に言いたい事を俺は言ったつもりだ。
梶原さんは、ゆっくりと俺を見上げた。
「やっぱり君は宮原君の息子なんだね。
あの人はだいぶちゃらんぽらんに見えて、時々そうやって僕をハッとさせる言葉をくれたんだ。
…だから、好きになった。見た目だけじゃなく。」
梶原さんは、言葉に込めた気持ちを補足するかのように、俺に唇を重ねてきた。
俺も欲しがった。一つ一つ言葉の答え合わせをするように、俺達は
純粋に長く長くキスをし合った。