牙を出す-1
「有美!経験させてやろうか?」
突然、鬼頭が有美の肩を抱きすくめ、うつむく顔を覗き込んできた。
ついに、鬼頭の牙が有美に向けられたのだ。
これまで誰にも「有美!」と呼び捨てにされたことはなかった。
いつの間にか鬼頭の言葉が呼び捨てに変わっていた。
「有美!処女なんだろ?」
鬼頭に抱きすくめられ体を硬くしたままうつむいている有美。
「有美ちゃん。正直に答えてあげて。」
「有美!どうなんだ?」
「このおじさん、気が短いから、怒らないうちに早く答えたほうがいいよ。」
マスターまでも、有美を追い詰めていく。
「有美ちゃん。」
容子が、有美の背に手を当てて有美の言葉を促していく。
「恥ずかしくないから答えて。有美ちゃん、処女だよね。」
ひとつ小さくため息をついた有美が、コクリと頷いた。
3人が顔を見合わせ笑った。
「そうか処女か。どうだ、俺が経験させてやろうか?」
思わぬ展開に有美は戸惑っている。
「有美ちゃん、さっき聞いてたでしょ。経験ないもの同士で結婚してもうまくいかないんだって。」
容子の言葉にマスターが笑っている。
「何よ!」
有美の肩から手を離した鬼頭もマスターと顔を見合わせニヤついている。
「山下君の性格分かってるでしょ。あなたがリードしないとダメなのよ。」
「でも、経験のないあなたにそんなことできる。」
かすかに首を振る有美。
「でしょ」
「先にあなたが経験して、山下君をリードしてあげないとダメなのよ。」
「私の経験から言って、最初は若い子はダメね。」
「女の子に気を使う余裕がないから、ただ痛いだけだったり、体が傷ついたりするのよ。そんな人と経験すると、あとあと最低よ。」
「せっかく女に生まれてきたんだから、女としての喜びを感じたいじゃない。」
「有美ちゃん、まだ経験ないからわからないかもしれないけど、ほんとよ。」
「最初は部長みたいなベテランの人がいいと思うわ。」
「私なんか、同級生だったから最悪だったもん。」
「二番目の人が、年配の人でさぁ。それで目覚めちゃった。あはは。」
「ねぇ有美ちゃん。せっかく、部長が経験させてあげるって言ってるんだから、そうしたら?」
「皆が思ってるほど、部長は怖くないわよ。むしろ女の子には優しいわよ。」
「だって、あなたたち結び付けてくれたの部長でしょ。」
「あなた達のこと心配してるのよ。」
「きっと悪いようにはしないわよ。ねぇ部長。」
鬼頭は、ゆっくりと有美の肩を抱き締めてきた。
身を縮じめる有美。
「お前達が心配でなぁ。お前たちを結びつけた責任があるからなぁ。」
「有美には幸せになってほしいからな。」
「有美が幸せになる手助けをしてやろうと思うんだ。」
「悪いようにはしないぞ。」
「どうだ、経験してみるか?」
有美は、鬼頭に肩を抱かれながら、何かを感じていた。
なんだろう?この感覚?
体の芯がジーンと熱くなるようなこの感じ。
有美には分かっていた。あの感覚だった。
レディースコミックを読みながら、感じたあの感覚だ。
浩之と付き合うようになってから、忘れていた感覚だった。
なぜ今、こんなところで?
有美はぼんやりと思い描いていた。
父親よりも年上の鬼頭の前で、全裸で立っている自分の姿。
やがて、鬼頭の太い指が、誰にも触れさせたことがない場所に触れてくる。
有美の体の中を熱いものが込上げてきた。
『ヤダ、どうしよう』
『ホントに私、部長に抱かれるの?ダメ!そんなのダメ!』
『浩之さんに悪いわ。絶対ダメ!』
『でも、この感覚・・今まで妄想してきたこの感覚。経験したいと思っていたこの感覚。』
『このまま普通に浩之さんと結婚したら、二度と経験できないこの感覚。』
『鬼頭部長じゃなかったらよかったのに。何で鬼頭部長なの?』
『怖い!どうしよう』
急にクラクラと眩暈がし始め、意識が遠のいていった。