容子の誘い-1
珍しく容子先輩から食事に誘われた。
また、彼とのことを聞かれるのだと思うと、正直行きたいとは思わなかった。どうしようか迷いはしたが、やはり有美の性格が断ることをさせなかった。
イタリアンレストランで食事をしながら、いつものように、容子先輩の話を一方的に聞いた。意外にも仕事上の愚痴を聞いた感じだった。
レストランを出た後、容子にさそわれるままスナックへ行った。お酒があまり飲めない有美だが、容子の誘いを拒めなかった。
「おぉ、やっと来たな。」
カウンターに鬼頭部長が一人座っていた。
そこは、鬼頭と容子の行きつけのスナック「雅」であった。
「何食べてきたんだ?」
「イタリアンよ」
屈託なく容子が答える。
「ほぅ、シャレタもの食うんだなぁ」
「部長とは違うわよ」
「どういう意味だ?」
「いつもガツガツ食べるでしょ」
「有美ちゃん、座って。」
二人の間に座らされた有美は、呆然として二人の会話を聞いていた。
(何で容子先輩は、鬼頭部長とこんなに気楽に話せるんだろう?)
有美は、容子と鬼頭が飲み仲間であることを知らなかった。
緊張のあまり、どうしていいかわからず、ぼーっとしていた。
「山下とうまくいってるのか?」
突然自分の方に話が向けられ、ドキッとした。
「うまくいってるわよねぇ」
「山下君のお母さんとも会ったんだよね」
「おいおい、もうそんなことになってるのか。えらい早いじゃないか。二人とも、おとなしい割には、やることはやってるんだなぁ」
「部長。それがねぇ〜・・」
「何だ、何かあるのか?」
有美が戸惑っている間に、二人の会話が進んでいく。
「もったいぶるなよ。お前たちを結びつけたのは俺だぞ。報告してくれないと困るだろう。」
「有美ちゃん。部長はねぇ、こんな顔してるけどあなたたちのこと心配してるのよ。」
「こんな顔とはなんだ。」
「怖い顔してるから嫌われるのよ。」
「失礼なこと言うな。で、どうなんだ?」
二人に顔を覗かれどう返事をしていいのか戸惑っている様子の有美。
緊張している有美の様子を察したか、マスター中野伸二がカクテルを有美の前に置いた。
痺れを切らし容子が話し始める。
「実はねぇ、この子たち、まだキスもしてないんだって。」
「おいおい、それはないだろう。もう半年くらいなるんじゃないか。」
「3ヶ月よね」
「いくら真面目でも、3ヶ月もつきあっててキスもしてないのはどうかしてるぞ。」
「真面目なのよ、二人とも」
「篠田くんはともかく、山下はどうかしてるぞ。なぁ、マスター。」
「なかなかいないですねぇ」初めてマスターが会話に入ってきた。
「なんかねぇ、山下君、お母さんから結婚するまでダメって言われてるみたいよ。」
何で容子先輩は、そんなこと知ってるんだろうと有美は思った。
「はぁ?馬鹿じゃないか、いまどき何言ってるんだ。」
「マザコンですか?」マスターが口をはさむ。
「そこまでじゃないと思うけど、ねぇ有美ちゃん。」
有美は、彼のことをあれこれと言われ、どう返事していいのかわからない様子だ。
「山下は、ひょっとして童貞か?」
「なんか渡辺君が言ってた。風俗に誘ったら、経験ないから行かないって断ったんだって。」
「おいおい25にもなって童貞かよ。」
「別にいいじゃない。有美ちゃんだってねぇ・・・。」
「なんだ、処女か?」
有美は、真っ赤な顔をしてうつむいている。
「図星かぁ?」
「可愛いじゃない。」
「そうか処女か・・。」そう言うと、しばらく沈黙する鬼頭。
「なにそれ?」
「童貞と処女じゃなぁ・・。」
「どういう意味?」
「童貞と処女で結婚すると、うまくいかないんだよ。」
「そうなの?」
「俺がそうだったからなぁ。」
「また、嘘ついて。」
「いや。そんな奴、何人か知ってるぞ。」
「そうなんだ。有美ちゃん、聞いてる?」
有美は二人の話に、戸惑いを隠せず、うつむいたままだ。
このとき有美は、二人が、いやマスターも含め3人が、薄笑いをしていたのに気づいていなかった。