事件発生-3
『……やっちゃいました?』
『当たり前だろ。オマエ誰にモノ言ってんだあ?』
ドッカリと助手席に座る男の太腿に、唯は身体を横たえていた。
眼球は動き、耳はしっかりと聞こえている。
しかし、身体だけは全く動かせない。
中枢神経に毒針を喰らい、仮死状態にされたイモムシのようだ。
『この顔……間違いねえが、一応確認≠オておくか』
『免許証ありました。浅井唯に間違いないです。彩花ちゃんの担任の先生ですよお』
「ッッッ!」
この男共は、確かに今、探している生徒の名前を言った。
井元彩花を知っていて、そして自分が担任教師だという事も……。
「……う"ッ…おふ…ッ…かはッ」
夕暮れの空が見えた。
涼しい風が頬を撫でた。
数人の男共に担がれる唯は、大きく開けられた箱バンのスライドドアに飲み込まれまいとするが、やはり手足は全く動かせず、悲鳴すら出せなかった。
『唯先生〜、今日はず〜っと彩花ちゃんのコトを心配してたんでしょ?大丈夫だよ、今から会わせてあげるから』
『そんなに怖がるなって。彩花ちゃんは今も元気≠ウ。だから逃げようなんて思うなよ?』
「も"お"ッッッ」
ベルトが着いた真っ赤なゴムボールを口に捩じ込まれ、薄汚い毛布でグルグル巻きにされてしまった。
グラリと車体が揺れ、路面の凹凸をそのまま伝えてくる粗悪なサスペンションに身体が突き上げられる。
(助けてッ!助けて誠也あ!)
一緒に暮らしてまだ二か月……最愛の夫の名前を叫びながら唯は運ばれていく。
ナンバープレートを天ぷら≠ノ変えられた赤い軽自動車は街に溢れた自動車の中の一部となり、少し離れて進む二台もまた、ありふれた自動車でしかない……。