ミライサイセイ act.3 「残されたもの」-1
僕が兄を殺した。
それは、きっと過言だろう。ひとから見れば、僕は兄の死に対して、それほど影響を及ぼしていない。
けれど、兄が死に、僕が生き残った。
事実は残酷に、永久に自身を苦しめるのだ。
みつひさ兄さんと僕は、三歳の年の差があった。
誰もが羨む才能の持ち主だった兄は、小さい頃から周りとは違う雰囲気を纏っていた。
小、中、高とただの一度も学力でトップを譲ったことがなく、運動でも一目置かれる存在であった。事実、高校進学の際には『スポーツ推薦』を薦められたほどだ。
対して僕は、何の取り柄も無い人生だ。学力も体力も人並みで、自分を表す代名詞を思いつかない中途半端な学生である。勉強自体は、兄よりも時間を掛けているし、運動もサッカー部に所属しているが、そんな努力は天才の前では無意味である。
一度、両親に尋ねたことがある。「本当に僕らは兄弟なの?」
今思えば、何て子供じみた主張だったろう。
父さんは、笑いながら答えた。
「当たり前だ。あきらも、みつひさも、俺の子供だぞ。心配することはない、みつひさが突然変異なだけだ。俺も母さんも、凡庸な人生だったんだ」
突然変異だとか、凡庸だとか、難しいことは分からなかったけれど、僕の頭をくしゃくしゃと掴む父さんの腕に僕は安心した。
その場にいた兄さんは言った。
「あのな、あきら。誰かと比べるなんてよせよ。本当に大切なものは、きっと目には見えないモンなんだよ」
「目には見えないもの?」
「そうだ。そしてそれは、あきらに備わっているチカラだよ」
理解できなかった。そのときは幼かったから、ではない。兄さんの、その言葉は今になっても理解できないでいる。
そんなやりとりを、両親は微笑ましく眺めていた。
「この雰囲気は、あきらが創り出しているのよ」母さんが言った。
その時は、僕を安心させるために、みんなが嘘をついているのだと思っていた。
運命と呼ぶには無慈悲で、それを決めたであろう神様が雲の上にいることに心底腹が立つ。
『てめぇ、そんなトコロから見下ろしているんじゃねぇ!兄さんを返せ!』
そう悪態をつきたくなる悪夢は、思い出したくも無い、僕が中学三年の春、四月十五日だった。
僕は部活で帰りが遅くなり、時刻は七時すぎの夕暮れだった。
バス停で偶然、兄と会った。
「おう、あきら。今日は遅いな」
僕を見掛けるなり声をかけてきた。周りには僕ら以外誰もいない。
「ちょっと部活でね」
「レギュラーはとれそうか?」
「どうだろうね。もう三年だし、そろそろ先発を張りたいんだけど。兄さんこそどうしたの?」
「ん、生徒会の雑用が片付かなくてね」
僕が通う中学校と、兄が通う高校は歩いて五分ほどで、ほぼ隣接しているといってもいい。
兄はエリート進学校やスポーツ推薦用の高校には見向きもせず、通いやすいロケーションであるという理由から、その高校を選んだ。
きっと、両親に迷惑をかけたくなかったのだろう。
どんな境遇に在ったとしても、ダイヤは輝くものだ。
何処にいったって、兄さんは引く手数多で、その未来に誰が疑いの目をかけるというのだろう。
バスがやってくる。学校前は始発で、だから車内に乗客はいない。
僕は真ん中の席に腰をかけた。
「あきら、窓際、譲ってくれよ」
唯一、兄が弟に頼むことは、それだけだった。僕に何一つ不自由させないように、みつひさ兄さんは気にかけてきた。
ひとりの人間として
ひとりの男性として
ひとりの兄として
彼は一片の欠落も無く。