ミライサイセイ act.3 「残されたもの」-2
「どうして、いつも窓際に座るのさ」
「好きなんだよ、流れる街並みが」
「もう見飽きているだろうに」
「かもな」
焦点をぼかしながら、兄は変わらない風景を見遣る。もし僕が女性だったら、今、この時に告白しているに違いない。そう思わせる横顔。
「好きです」我慢できずに声に出してしまった。
「はぁ?」視線を窓の外に置きながら、兄さんは声をあげた。
「いやいや、思わず告白してしまった。格好よすぎ、兄さん」
「そりゃ嫌味か?」
「は?どうして?」
「どうしてって、お前。告白される数は、お前のほうが多いだろうに」
「そりゃ、あれだよ。兄さんは高嶺の花だから。恋人として横に置くには輝きすぎる」
「それは、どうも」
道は緩やかに右にカーブし、僕の体重が兄に圧し掛かった。
「でも」兄は依然として外界を見張っている。まるで狩りをしているライオンのように。
「あきらに声をかける奴らは、見る目があるよ」
「でた、ブラザーコンプレックス」
その言葉に、兄は笑う。「お前には、さ。あるんだよ。そういうチカラが」
――― えっ?
聞こうとした。
その瞬間、急ブレーキが掛けられた。
兄は、左腕で僕の頭を押さえ込んだ。
見渡しの良い交差点だった。
それなのに酒気を帯びたトラックの運転手は、何に魅せられたのか。
バスの側面に、まるで自殺願望でもあるかのようなスピードで衝突した。
そしてそこは、僕らが座っていたあたりだった。
運命と呼ぶには無慈悲で、それを決めたであろう神様が雲の上にいることに心底腹が立つ。
奇跡的に助かった命があり
その奇跡を起こした左腕の持ち主は、その生涯を閉じることとなる。
例えば、
僕がその日、早めに下校していれば。
座る場所を、もっと前方にしていれば。
兄との座席を交換していなければ。
後悔は尽きない。
光に満ちた未来は、代償に平凡な未来を残した。
僕の頭を下げさせた、その左腕は『お前は生きろ』と言ったのか。
時折、夢に見る。
あのバス停で、兄と会う。
そのバスが事故に遭う事を知っている僕は、兄を引き止めようと、彼の腕を取ろうとする。
しかし、透き通るように、彼の腕を掴むことは出来ない。
『逝くな!兄さん、逝くな!』
泣き叫ぶ僕に、兄さんは優しく声を掛ける。
『あきら、ありがとう』
不自然に美しい夕暮れ時、死に逝く者を運ぶ車に、僕の兄が足を踏み入れる。
ただ見送るだけの無力さに。
脱力して膝をつく、凡庸な生き方。
醒めることの無い現実。