そして、初めてのお泊りへ-5
照明を落とし、セキュリティボックスのスイッチを入れてオフィスを出、セキュリティボックスのアラームが鳴っている間にドアを施錠する。あとは急いで帰って、しのちゃんを迎えに行くだけだ。
ホームに停まっていた各駅停車に乗り込むと、チノパンのポケットの中でスマホがぶん、と鳴動した。さおりさんのメッセージが届いている。
「無事宮古島に着きました!お兄ちゃんの会社の飛行機、飲み物もおやつも出してくれて快適だったよ。預けた荷物がすぐに出てきてびっくりしました、ありがとう!宮古はやっぱりあったかいです。これからホテルに行ってチェックインして、それからオーナーさんのお店で会ってきます。しののことよろしくね。明日また連絡します」
メッセージに添付されていたのは、宮古空港の赤瓦のターミナルビルをバックに笑顔を見せるさおりさんの自撮り画像だ。つい、画像をピンチして口元を拡大してしまう。さっきカウンターでさおりさんがささやいたときに嗅いだ柔らかな息臭が脳裏によみがえり、チノパンの下でおちんちんが、むく、ともたげかける。いやいや、今夜はしのちゃんが泊まりに来るんだ。さおりさんに冗談半分で釘をさされたけれど、しのちゃんとふたりっきりで過ごす初めての夜になるんだから、まあ、その。あ、やべぇいつのまにか最寄り駅に着いていて発車チャイムが鳴り始めている。
ダッシュで電車を下り、いろんな理由で早まる動悸を抑えながら駅前の通りを歩く。通学路との三叉路を越え、歩道橋を渡って右へ向かい、さおりさんのアパートに着く。二階いちばん奥の部屋のチャイムを鳴らすと、玄関ドアの向こうでごそごそと音がして、ちょっと経ってからドアが開いて、にへー、と笑ったしのちゃんが顔を出す。玄関の三和土に踏み台がある。ああ、これに乗って、ドアスコープから誰がチャイムを鳴らしたのか確認したのか。
「お兄ちゃんおそーい。あたし待ちくたびれちゃった」
靴を脱いでいる俺の腰のあたりをしのちゃんがぽかぽかとグーで叩く。
「ごめんごめん。ママ、無事に宮古島着いたって」
「よかったー。あたしも飛行機乗ってみたーい」
そう言ったしのちゃんが、居間に続く廊下の真ん中で俺をさえぎるように立ち止まり、くるり、と振り向く。
「お兄ちゃん、ぎゅっ、てして」
しのちゃんが、両手を広げてそのまま俺の身体にしがみつくように抱きついてくる。しのちゃんと顔の高さが同じくらいになるようにかがんで、しのちゃんの8歳の細い身体を抱きしめる。左の手のひらにしのちゃんの背中からの、右の手のひらにしのちゃんの右肩からの体温を感じながら、小学2年生のしのちゃんの放課後の体臭と髪の匂いを吸い込む。まだそんなに女の子っぽくない、それでいて男の子とはやっぱり異なる、小学校低学年女児のミルキーな体臭。ゆうべのシャンプーと小学校で一日過ごして分泌した皮脂とが混じった、8歳児の放課後の頭の匂い。俺の肩に顔を埋めるしのちゃんの息が首筋に柔らかくかかる。俺にとっていちばんかわいくて愛おしい「こいびと」の温もり。俺に甘えて、俺に身体をあずけてくれる小学2年生のしのちゃんとのハグ。
「しのちゃん、俺、しのちゃんが世界一大好きだよ」
「うん、あたしも。お兄ちゃんのことがいちばん好き、だーいすき」
しのちゃんを抱きしめる腕に力がこもる。俺はスケベ心からしのちゃんとふたりっきりで迎える夜のことを考えて単純に盛り上がっていたけれど、しのちゃんからしてみればいくら俺がいるとはいえ母親であるさおりさんと一晩離れて寝ることになるわけで、俺のように百%浮かれた気持ちばっかりでいるわけじゃないだろう。大丈夫、俺がずっとしのちゃんのそばにいる。そうつぶやくと、しのちゃんが肩の上で、うん、とうなずき、俺の背中に回した両腕に俺と同じように力をこめた。そしてその手がほどかれ、少し上気した顔が俺の顔の真正面に移動し、顎がわずかに上がる。しのちゃんを抱きしめたまま、しのちゃんの唇を強く吸う。しのちゃんの唾液腺から漏れる温かくて甘い唾液が、しのちゃんの唇を伝わって俺の口に届く。しのちゃんの鼻から漏れる息が熱い。唇を重ねるたびにしのちゃんはキスが上手になっていく。もう最初の頃のように身体がこわばったりすることもなくなっている。8歳のしのちゃんから求められる「こいびと」どうしのキス。
唇を離すと、しのちゃんが目尻をきゅ、と下げて、ふへへー、と笑う。たった今俺が重ね、その幼女の唾液と放課後の小学2年生の息臭を堪能した口から、少しずつ成長している永久歯とその歯茎が見えピンク色の舌がちらりと覗く。このかわいい笑顔を、一晩独り占めにできる。キスしてしのちゃんの息臭を嗅ぎながら勃起していたおちんちんをここで解放してしのちゃんに見せつけたい欲望に一瞬かられるけど必死で押し殺す。いま焦らなくても、夜は長い。まあ、しのちゃん明日も登校するから、そんな夜更かしはさせられないけど。
居室に置いていたランドセルをしのちゃんが背負い、しのちゃんの着替えが入ったキッズリュックとさおりさんが用意してくれた夕食やダブルソフトを詰めたトートバッグを俺が持ち、部屋の戸締まりをしてアパートを出る。生活道路に出るとしのちゃんが俺の左手を握ってきた。もうすっかり暗くなったつるべ落としの秋空の下を手をつないで歩く。しのちゃんが水樹奈々を口ずさむ。線路脇の道を右斜めに入り、マンションの角を入ると俺のアパートが建っている。しのちゃんの、たぶん親戚の家以外で初めてのお泊り。俺にとっても、そしてもちろん8歳のしのちゃんにとっても生まれて初めての「こいびと」とふたりっきりで過ごす夜。その舞台になる俺のこの三階建てのアパートは、入居以来そんなふうに見えたことなど一度もないのに、まるでどこかのリゾートホテルかのような雰囲気を湛えているように映った。