先輩による上書き-2
「香水、つけた?」
「ああ、はい……出張には持って行ってなくて。家でつけてきました。強いですか?匂い」
「ううん、いつもの匂いだ、と思って」
加奈子が甘えるように、理央の肩に頭を乗せる。
どきん、と理央の胸が高鳴る。
「あたし……面倒くさいよね、ごめん」
「どうして……そんなこと、思うわけないです。嫌なら、家になんか来ないですよ。前回だって、食事に誘ったのは僕です」
(僕も……中村さんに甘えていいかな)
理央も、彼女に触れたくなってそっと腰に手を回す。
昨晩、身を呈して佳織がした行為は、泣くほど嬉しいことだった。
だが一方で、自分が思っているよりも底が深い女なのだと思い知らされた。
彼女は理央のことを、恋だとか愛だとか、そんな概念でくくることさえしないのだから。
「ううん……違うの……佐藤くんの香水の匂い、嗅いだら安心しちゃった。さっき新幹線乗ってるときーー佐藤くんから、女性の香水の香りしたから」
「え……」
加奈子が見上げて、理央を見つめる。
「本間さん……のだよね、あの匂い」
「ーー昨日、隼人と本間さん、僕のこと心配して部屋に来てくれたんですよ。それでかな」
嘘はついていない。
理央は平然を装って、笑って言った。
シャワーを浴びたが、佳織の体臭が染み込んだシーツにくるまれて寝ていたせいだろう。
自分の体に、佳織の匂いがついてしまったらしい。
「そう……」
加奈子が下を向いて、呟く。
「本間さんの匂いがしたの、嫌でしたか」
理央はストレートに聞いた。
「ごめん、本当に面倒くさい……昨日初めて会った本間さんに嫉妬するなんて、嫌なのに。でも聞かずにいられなくて。毎年出張で顔合わせてた三人なら、部屋に集まってもおかしくないよね……」
「僕のこと、気にしてくれてるの」
「ん、……して、る………佐藤くん、たくさん遊んでるんだもんね……面倒くさいよね、こういうの。もう、次からは言わないから。でも今日だけは正直に言いたくて……」
とても真面目で、今まで子育てと仕事を両立させてきた彼女の心を、理央が揺らがせてしまったらしい。
「面倒くさくない。嬉しいです」
「ん、でも……」
加奈子の腰を右手で抱きとめつつ、加奈子の頬に左手を添える。
今はまで、なるべく女性に気を持たせるような行動をするのは避けてきたつもりだった。トラブルも避けたかった。
だからこそ、会社の女とは寝るどころか、なるべく食事も行かないようにした。
昨日、自らが寝た女が対面して自分の心も痛かった。こういうことを避けるためだったのに。
「僕、中村さんに甘えていい?」
こつん、と自らの額を加奈子の額とくっつける。
「ずるいから、僕」
「えっ、どういうこと……」
言い終わる前に唇を押し当てて、ちゅっ、とついばむようなキスを幾度も繰り返す。そうしながら、頬に添えていた手を首へ、肩へ、体へとずらしていった。
佳織のことを、理央は加奈子で上書きしようとしていた。