お守り-2
母が6個連なったコンドームを持ってくる。
「そんなに要らないよ。お守りなんだから」
ミシン目を切ろうとするわたしを母が制する。
「バカだね。1ケじゃ『お守り』にならんわ。ほれ、ちゃんとお守り袋もこしらえてやったわ」
母は色とりどりなお守り袋も何個か持ってきた。
「わあ、かわいい。上手だね」
「縫製工場に出てるんやからこれくらいは朝飯前やわ。好きな色を選んだらええ。何色がええんか?」
「いっぱいあるんだね。…じゃあ、赤と…もう1つもらっていい?」「ああ、ええわ。好きなだけ持っていきんさい」
吉田京子の好きな色はどれだろうか。暖色系よりも寒色系かもしれないけど、ここは無難に…と、ピンクを選ぶ。わたしと京子と、同じお守りを持っているのはなんとなく親友らしくていい。中身は避妊具だけれど…。
「でも1ケでだめなら、何ケ入れて置いたらお守りになるん?」
「まあ、3ケも入れておけばええやろ」
「一回に3ケも使うんか?」
「それは男にきいてみなわからんなぁ」
1ケでも持っていればと十分と、なんとなく漠然と考えていたが、どうやらそういうものでもないらしい。
「でも女だって、イヤならイヤと言えばええんやないの?」
「まあそうやけどな。イヤと言わんといかんような相手とすることもそうそうないわな」
イヤな相手ではないとしても、だからと言って次から次へと(まだあるよ…)とばかりにコンドームを出していくのも女性としてどうかという気がするが、とにかくそういうものなのだろう…。袋の口を開いて、切り離して三連になったコンドームを折り畳んで中に押し込む。もう一つには母が同じように入れてくれた。
「厚ぼったくなったね」
「ええって、ええって。布地は八幡さまでお参りしてあるからな。通学カバンにつけときんさい」
「えー…」
「誰も他人のお守りの中味まで開けたりせんやろ。2個目はどこにつけとくんや?」
「えっと…予備かな」
「八幡さま」と聞いて少しどきっとした。わたしと京子だけが知っている由縁にぴったりなお守り…。
翌日、校舎の屋上でお守りを京子に渡す。
「…なるほどね。女にとってはホントの『お守り』やね。お母上はセンスがあって…裁縫も上手なんやね」
「そうかな。よろこぶわ」
「なんかわたしたちに合ってるような気がしてうれしいわ、このお守り。二人の秘密と言うか、年頃の娘が持つべき実用的な品物と言うか。さすがアンタのお母上やねえ。やっぱり一度ご挨拶したいわ」
「今度遊びに来ればええわ」
「そうするわ。まあ、このお守りの出番が来るのはいつのことかわからないけど、御礼は申し上げたいわ。…今日行ってもいい?」
一緒にバスに乗って、バス停からは京子を後ろに乗せて自転車を漕いでいく。家に着くと母は玄関先で植木に水をやっている。
「お母ちゃん、ただいま。友達つれてきたよ」
「おお、お帰り。ウチもちょうど工場から帰ったとこや」
「初めまして。吉田京子と申します」
京子の通学カバンにピンクのお守り袋が揺れている。母は目ざとく気付いたようだ。
(あ、そうだ…。2個目は『予備』ってことにしてあったんだっけ。しまった…。まあ、いいか…)
母が首にかけていた手拭いをとって京子にお辞儀して挨拶する。
「まあ、いつもうちの子がお世話になっております。仲良しなんやねえ」
「お母さまに、このお守り袋をいただきました、誠にありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして、こんなものでよかったらまだまだいくつでもありますよ」
「そ、それは中身のことでしょうか?」
京子の生真面目な返答に母が大笑いしている。京子もつられて笑っている。
「まあ、袋も中身もタンとありますから、いつでも言うてくださいな。まあ、でも、そんなんやったら、もう『お守り』でもなんでもないかもしれんけどなぁ(笑)」
(ちょ、ちょっと、二人とも…)
狼狽するわたしをよそに、母と京子は楽しげに喋っている。
「姉貴が二人おるんでだいたい如才ない子ですが、どこかこう、ぼーんやりしているところもありましてなぁ。ご迷惑かけとるんやないですか?」
「いえ、そんなことありません。わたしの相談事にもいつもちゃんと相手をしてくれておりまして」
「ほう、そうですか。この子が乗れる相談事などあるんですかなあ。それは思ってもいませんでしたわ。ウチの子なんかで相手が務まりますでしょうか。ありがたいことですなぁ」
『相手が務まる』と聞いて、また、あらぬ想像をしてしまうわたし。
「娘も三人目ともなりますと、いろいろ親の方もだらしのうなりましてなぁ」
娘がいるにもかかわらず、毎夜毎夜…のことなんだろう、と察するわたし。
「すっかり気楽に育てておりましてなぁ。こんなしょうもないもんも深う考えんと渡しておりますんや」
「いえそんな。決して『しょうもないもん』などではありません。ちゃんと娘のことを気遣う母親の愛情というか…。だいたい、娘としては親などだらしないくらいがありがたく…。厳格な親を装っていてもいざ化けの皮がはがれてしまうと…」
京子の思いがほとばしり始める。
「まあまあ、京子、庭先でなんやから、まあ中に上がってよ」
「そやそや、お茶でも入れましょうねぇ」
改めて家で目撃してしまったことを『告白』しそうな勢いの京子を、慌てて家へ招き入れる。
「やっぱりええわぁ、アンタのお母上」
「『お母上』じゃなくて『お母ちゃん』でええんよ。京子が帰ったら、きっと『生まれて初めてお母上なんて呼ばれたわ』って言うわ(笑)」