Drive on Saturday-5
脳と手と足が固まる。ほら前前前。さおりさんのちょっと慌て気味の声で我に返りブレーキを踏む。配送トラックのリアパネルに貼られたネームプレートの名前が読み取れるほどの至近距離でミラージュが止まる。
「さおりさん、あの、運転中にあんまりびっくり……」
「ごめんごめん」
絵に書いたようなてへぺろを見せる。
「いや、変な意味じゃないのよ。お兄ちゃんを信頼してるし、しのもさすがにあんまりエッチなことされたら言ってくるとは思うけど、親として一応、ね」
え。しのちゃんあのこともあのこともさおりさんには話してないんだ。てか、言えないか、さすがに。
「……まあ、あの……キス、は……」
「ふふふ、そうだったよねそれはこないだわかっちゃった。しのすごいなあ、ファーストキス私より十年も早い」
「え、なんか意外です」
「なにそれ、マセてたように見える?」
「え、い、いや、そういう意味じゃないです、さおりさんかわいいのにな、って」
「お兄ちゃんうまいなあ……奥手だったんだよねぇ私。はじめて彼氏できたのもファーストキスも大学入ってからだもん」
さおりさんがペットボトルのフタを開け、残っていた紅茶花伝を飲み干す。俺も、車列が流れない手持ち無沙汰をコスタコーヒーを飲むことで紛らわす。
「そうだったんですか。どんな彼氏さんだったんですか」
詮索好きとは思われたくないけど、ここはさおりさんの話に食いつこう。しのちゃんとの性愛を白状することから逃れられそうだし、それにまあ、さおりさんの恋バナにもちょっと興味がある。渋滞状況をリアルタイムで反映できるカーナビが示す到着予定時刻はまだだいぶ先だ。
「うん、のちの夫。しのの父親になる人」