秘めたる想いを知る時-1
瀬尾小夏は結婚してからというもの初めての経験となる、男子高校生を来客として自宅に出迎えて持てなしていた。
先程蘭の座っていたソファーに入れ替わるように遥太を座らせている。何気に次使うのは夫だろうと思っていたが、蘭に続く抹茶色のスリッパ使用者第二号であった。
「どうぞ」
小夏は若干ぎこちない動きで、遥太の前にコーヒーのティーカップを差し出す。
リビングテーブルの上には先程あったバタークッキーこそそのままだが、蘭のティーカップは既に流し場にまで持って行ってある。
「あ、お構いなく」
遥太は柔和な表情で受け取る。
彼は前に見たことのある顔だった。そう、手白木颯人の住んでいるアパートの前で見た男子高校生だ。
帰ってきてから暫くは小夏は恨んだものの、数日も経てば忘れる。そんな矢先に彼はやって来た。
第一印象から地味な彼なのだが、今日は何だか様子が変だった。さながら何か大事を成し遂げようとする者のような、覚悟が見える。
小夏はソファーの定位置に腰を下ろすと、胸中で思案する。
「(この子が蘭と知り合いだなんて‥‥親戚とか?)」
一体どういう関係なのだろうと考えていた小夏は、あることを察する。
「あ、もしかして‥‥さっきマンションのエントランスに居たの?」
「あ、はい‥‥実は蘭さんの後ろに隠れてて‥‥」
遥太は素直に白状した。
「もう。そういう方法は駄目だからね?開けた私が言うのも何だけど、不審者だと間違われるよ?」
「すみません‥‥」
小夏が注意すると、遥太は頭を下げて謝った。
「ところで、私に用があるとか蘭に訊いていたんだけど‥‥」
「はい‥‥」
遥太は真剣な表情で、姿勢を正す。それを見た小夏は思わず自然に顔が強張る。
「小夏さん。僕、貴女のことが好きです」
「‥‥えっ?」
遥太の言葉に一瞬呆気にとられて戸惑う小夏だったが、すぐに内容を理解して大人の笑みで対応する。
「そう‥‥ありがとう」
まだよく知らない子ではあるが、若い子から好意を告げられて小夏はそう悪い気はしなかった。
一方の伝えた当人は、どこかその対応を納得していないようで釈然としない様子だ。真剣な表情は崩さず、口を開く。
「‥‥あの、好きっていうのは貴女を、一人の恋愛の対象として好いているんです」
遥太の言葉で小夏は彼の伝えたいニュアンスを理解した。
「あのね、えっと‥‥遥太くん。貴方は知らないかも知れないけど、私既婚者で夫がいるのよ」
小夏は自分の左手薬指の指輪に一瞬だけ視線を移してから告げる。こう言えば彼は諦めるだろう、と思っていた。
「そんなことは知ってます」
しかし、小夏の予想に反して遥太は既婚者だと聞いても、微塵たりとも動揺しなかった。小夏は困惑して、言葉に詰まってしまう。
「し、知ってるんだ‥‥。うーん‥‥」
相手が前に街中で自分をナンパしてきたような軽薄な男であったならきっぱりと断る事は言える。ただ、今回の相手は一人の男子高校生であって、これから先の自分の発言次第で今後の彼の人生に悪影響を与えかねない。
そう考えて小夏は妙な責務を感じながら次の言葉を探すのだが、それより先に遥太が口を開く。
「小夏さんが人妻だって知って‥‥悩んで悩んで抑えようとしたんです。でも、でも‥‥抑えきれなかったんです!」
そう言って遥太はソファーから立ち上がる。
「よ、遥太くん‥‥?」
小夏は突然叫んだ遥太を驚いて見つめた。