突然の劣情-2
「やだ、佐藤くん、嘘つけないタイプ?」
クスクス、と加奈子が笑う。
「い、いや……」
きょろきょろと辺りを見回し、人がいないことを確認して、ぼそっと加奈子の耳に口を近づける。
「き、昨日……した女の子、良かったんですけど……何か違って…」
「あら、佐藤くん……若いんだから……そんなこと、あたしに言って平気?」
「な、なっ、だって、僕が遊んでるのくらい、知ってるでしょ…?」
「えー?そうなの?あたし、社内のこと、疎いのよ。なんか違うって、また何で。可愛いと思ってお誘いしたんでしょう?」
にやにやしながら、加奈子が聞いてくる。
「な、何でだろ……十くらい下の子だったんだけど…」
ーー約一年ほど、東京本社の先輩に片思いをしていて、それと比べてしまった、とは言えなかった。
「そっかぁ。遊んでるから、結婚しないのか。何年も一緒に勤めてるけど、結婚しないの何でだろうなって思ってたの。かっこいいのに」
「そ、そんなこと言ったら中村さんだって、結婚してないでしょ……」
顔を赤くさせながら、ぽりぽりと頬をかく。
結婚、なんて考えたことがなかった。だが、遊んでいたらいつの間にか四十も手前だ。
「あれ、知らなかった?あたし、確かに独身ではあるけど、子供いるよ。十歳」
「えっ、嘘」
「生まれたの、この会社入る前だったんだけど。前の会社の人とお付き合いしててね、別れた後に、まさかの、ってやつ。ちゃんと気をつけてたんだけど」
小さな声で言ったあと、ふぅ、と加奈子はため息をつく。
「そ、それこそ、僕にそんなこと言っていいんですか…」
「はは、今、周り誰もいないし。佐藤くん、そんなこと誰にも言わないでしょ?」
「そ、そりゃ……。でも何か、真面目そうだから、びっくりというか」
チラリ、と冷たそうな目で、理央は睨まれた気がした。
しまった、と思い、咄嗟に「すみません」と謝る。
「真面目ではあると思うよ?だから気をつけてたんだけど……別れたあとだったし、彼にも迷惑がかかるだろうし、妊娠したことも言わずに、会社やめちゃった」
ーー十年も、彼女は一人で子供を育ててきたのか。
真面目で、お固そうなイメージのあった加奈子に対して、むくむくと違う感情が沸き起こる。
きっと、佳織に初めてあんな感情を抱いた時のそれとーー似通っているような気がした。
今までそんなことを思わなかったのに、勝手にこちらが描く偏見なのだろう。
どこか憂いがあり、どこか寂しく思えてくる。
「じゃ、じゃあ……僕、ご飯とか誘えないですよね。お子さんいるから、遅くは無理でしょう?」
「あら、何?誘ってくれるの?」
クスッと加奈子が笑った。
メガネ越しに覗く、目尻のシワを理央はセクシーだと思った。