クラスメイトの母親-2
「でさ、あの子ったらとんでもないこと言って面白かったの」
「ふーん、そうなんだ」
颯人はニ階の亜沙子の部屋で、絨毯の床に腰掛けて部屋の主の話を聞いている。二人共、上のブレザーを脱いで涼しげな格好だ。
亜沙子の部屋は年頃の女の子という感じだ。壁は桃色の壁紙。白いベッドの上にも、棚の上にもファンシーなぬいぐるみが何体か並ぶ。
しかし、颯人にとってそんなことは今聞いている話の如く、どうでも良かった。
ただひたすらにこの時間が退屈だった。聞いていて本当にどうでもいい話しかしない亜沙子の話題に、適当に相槌を打ってやることすら苦行に感じている。
もし、相手が遥太なら自分の興味ある話題に食いついてくれるし、向こうも話題を振ってくれるから飽きない。何よりも自分の趣味の理解者だから、他人が聞いたら下世話な話で盛り上がれる。
比較すればどちらが楽しいかは明白だった。
「(付き合ってられねーよ。こんな無駄話)」
颯人は、胸中で何度舌打ちを打ったのか数え切れない。
だが、颯人は「つまらないんだよお前」なんてそんな暴言を吐けるほど薄情な人間でもない。一応、今日は彼女に招待された立場なのだ。例え会話の内容はほとんどが頭には入らなくても適当に相槌打ってご機嫌を取っておく、これくらいはしてあげるつもりであった。
同時にこういうところがあるから余計な期待をさせてしまっているんじゃないかと冷静に自己分析する事が出来て、そのおかげか亜沙子を含む別の女子に誘われた時の対策のシュミレーションが出来そうなくらいだ。
「(ま、最も他の女子に誘われた時はともかくとして、柿沼の場合は俺が紗月さんに会いに今後も柿沼家に行く予定がある以上は、その気はなくても多少は友好的になっておくと色々と都合がいいんだろうが――)」
そこまで考えたが、仲良くなったと勘違いされて向こうが彼女アピールされて来たら元も子もないと颯人は気づく。
妙な勘違いをさせない工夫も面倒なものだ、と胸中で深々とため息をついた。
颯人はズボンのポケットに入っているスマホをこっそりと取り出して画面を開く。勿論、会話している亜沙子に一応失礼がないように会話の合間を縫うような絶妙なタイミングを測ってだ。
紗月からの『準備できた』というメッセージを見て、内心の喜びを隠しながら急に立ち上がる。
「ごめん、トイレ貸してくれねーかな。さっきから結構我慢してたんだ」
「あ、そうなの?トイレは一階の台所前を通り過ぎた奥の突き当りだから」
「あぁ。ありがとう」
それも知ってるけどな、とは言わずに心の中へしまって颯人はドアを開けて、亜沙子の部屋を後にした。
廊下に出た颯人はフローリングの床を靴下だけで歩く。家に入った際に来客用のスリッパを亜沙子から勧められたのだが、何時ものように断った。この家に来た際は、スリッパは履いて無かったのである。
しかし、スリッパ無しでフローリングの床を靴下で歩くのは多少の怖さがある事に気づいて少しだけ後悔した。
ましてやここは二階だ。一階ならまだしも、二階なら階段を降りなくてはならない。
一階へと続く階段の手すり付きのスロープを見つけると、颯人は内心でホッとした。
それに伝って一階まで降りてくると、亜沙子の言う通りにある場所の台所の前を横切って奥の突き当りにあるトイレの前まで向かう。
家の中は台所の冷蔵庫の音や時々近所を走る車の音は聞こえてくるものの、ほとんど静かだといっていい環境だ。
指示通りなら既に来ている筈である。見ればトイレのドアは内側から鍵が掛かっていたので、颯人はノックする。
「紗月さん。俺です、颯人です」
ドア外からそう言って開けさせる。すると、数秒も経たずに鍵が開く。