前生-2
「あーでも結婚って疲れますね…。」
「どうしてですか?」
「何か…初めは好きになった人と一緒に暮らして幸せに暮らすんだなーって思うとそれだけで胸がワクワクしたけど、実際結婚して一緒に暮らすと、主人とか家事や子育てそっちのけでスマホ弄ったりゲームしたり、誰かと飲みに行くとか、勝手なんだなーって。私は好きな人と子供と楽しく暮らせれば同年代の子が遊んだりしてエンジョイしてるのも気にならないって思ってたんですけど、でも1人で子供の面倒見て、家事してたりすると、最近羨ましくなっちゃって。別に遊びたい訳じゃないけど、ほら、金井さんみたいに仕事して、仕事場でいい人と出会って、仕事に恋に充実した毎日が輝いて見えて。私もまだ結婚してなかったら、あんな風に楽しい毎日を過ごせたのかなーとか。金井さんが羨ましい…」
そう言った梨紗はどこか疲れているようにも見えた。
(梨紗…)
修は梨紗を抱きしめたくて仕方がなかった。器用な方ではないが、それでも真っ直ぐに、そして気が利き、居心地の良さを与えてくれた元妻のそんな姿に胸が締め付けられる。
今まで不満も愚痴も心の中に閉まっていた梨紗だったが、修に気を許し思わず口から出てしまった事により、色々耐えて来た気持ちが切れてしまった。顔は微笑を浮かべていたが、目から涙がポロッと溢れた。
「辛いなぁ…」
無意識にその言葉が口から出てしまった。
「り…、長谷川さん…、大丈夫…?」
そんな梨紗の姿に修は居た堪れなくなる。それでも気持ちを何とか抑えつけながら心配する。
「あ、ごめんなさい…。何で涙なんか出たんだろ…。」
そう言って手で涙を拭う。
「あ、大丈夫ですから!私、弱いからちょっとした事でもすぐ泣いちゃうんです。気にしないで下さい!」
笑顔を繕う梨紗が修にはやはり辛い。
(ちょっとした事じゃ泣かないだろ、梨紗は…)
梨紗を知りすぎているが故に激しく胸が痛む。気付くと梨紗を抱きしめていた。
「!?」
驚いた梨紗はすぐに離れようとしたが…
(何か安心する…)
自分の痛みを包み込んでくれるような、そんな抱擁に、
(もう少しだけ…)
そう思い修に抱きしめられていた。
(梨紗の匂いだ…。この華奢な体を抱きしめる度に俺は絶対コイツを一生守るって決めたんだ…。なのに俺は…)
自分の身勝手な欲望に負けその誓いをいとも簡単に放棄してしまった自分が嫌になる。
(ああ、何か落ち着く匂い…。前世で私、高梨さんと恋に落ちてたのかな…)
そう思った。前世ではなく、違う人生…前生で深く愛し合っていた事は梨紗には知り得ない事だった。