とある女性の話-1
新興住宅地であるニュータウン鶴来には、一戸建ての住居だけでなく当然集合住宅のマンションもある。
その中の一つがザ・レジデンス鶴来だ。全階層10階まであるこのマンションは、三年前に建てられた。外観は四角錐型の構造で、配色はグレー色のマンション。
近隣の建造物ではこれより階層が高かったり、独創的な造りで目立つマンションがいくつかある。が、ザ・レジデンス鶴来は昔ながらのシンプルな外観と色合いで、住んでいる住人からだけでなく地元の人々からも堅実な人気がある。
マンションの家賃は、中流家庭の上クラスに当たる賃貸マンションだ。
そのマンションの6階――603号室に瀬尾小夏(せおこなつ)は、夫と住んでいる。
瀬尾小夏。旧姓は沢井。年齢は31歳。元は某飲料メーカーの営業部の会社員。結婚後、仕事を退職して現在は専業主婦。
三年前、志乃野木商事の部長である瀬尾岩之助(せおいわのすけ)とお見合い後、一ヶ月の交際を経て結婚した。
夫、岩之助は小夏より9歳も年上。体育会系のがっちりした体格に加えて、真面目を絵に描いたような男で、会社での評判は上々。岩之助の人柄を知る周囲からは、口々に羨望の声が紡がれている。
小夏自身もハニーブラウン系の茶髪のショートカットにクールな印象の美人。スタイルも均整が取れており、バストに至ってはHカップのサイズだ。
二人の事を知っている人間は揃って絵に描いたような理想的な夫婦だ、と言う。だが、それは夫婦の家での様子を知らない声だ。実際は違う。
瀬尾小夏はリビングスペースにて、暖色のソファーに腰掛けながら気だるそうな表情で液晶テレビに映る番組を見ていた。
部屋は2LDKで、個室は両方とも洋室の造り。
彼女が着ているのは着ている服は上がライトグレーの半袖リブニット、下はネイビーブルーのストレートデニム。今の季節、基本的にこのコーデがお気に入りらしい。
放送しているのは再放送のドラマである。"三人の証明"で人気を博した若手実力者俳優汐凪元也が次に主演を務めたドラマで、"その若者の恋路"という題名のドラマだ。
ストーリーは汐凪元也演じるフリーターの上城京平が偶然の出会いをきっかけに年上の既婚者の女性に恋をしてしまい、周囲の意見や京平の元カノの妨害もあってその未練を断ち切ろうとするのだが、結局は思いを抑えきれずその女性に猛烈にアタックするという恋愛ドラマである。
部屋に掛けられた時計が示している時刻は19時45分‥‥。ドラマはそろそろ終わる時間だ。
『貴女との愛があれば他には何もいらないよ!』
『京平くん!』
夜の公園で抱き合う二人。セリフはありきたりな物で珍しさはないが、流れるBGMが二人の雰囲気を彩る。
しかし、その映像を観ている小夏の目は何の面白みのなさそうなぐらいに冷ややかであった。
やがてエンドロールが流れ始めると、小夏は自分の近くにスマホと一緒に置いていたリモコンを手に取って電源を切った。
テレビの画面を消すと、途端にリビングは静まり返る。部屋の締め切った深緑色のカーテンの外は夜の暗闇に浮かぶようにネオンの灯が点っている。
小夏はうーん‥‥と、その場で背伸びをした。