奔放 2-2
「香織のことだよね?」
夕日の差し込む廊下。リノリウムの床には薄い影。
日立は窓枠に肘をついてかすかに微笑んで俺を見た。背筋に嫌な汗が流れるような感覚に襲われる。
俺はうなずきもしないのに、日立は構わず続ける。
「塚田、香織と仲良かったもんね、もちろん知ってるよね」
クスクスと鼻を鳴らしながら日立は目を細める。
「何のことだ」
罠だとわかっていて、わざと嵌った。否、聞かずにはいられなかったのだから罠に嵌るのは必然だったのかも知れない。日立の思惑通りに会話は進むことになる。
すぐ近くでカラスが鳴いた。カラスの鳴き声でさえも、今の俺の鼓動を上げることが出来うる。それくらい動揺していた。
「香織の御両親、1年の時に亡くなってたんだ」
目の前に突如カーテンが下りたかのように視界が真っ暗になった。何の話だ。
「知らなかったの? おかしいな」
クスクスと日立は哂う。その姿が鼻について、俺は唇をかみ締めて眼を伏せるはめになる。
鼻につくのは日立の責任ではないということはわかっている。
俺自身の無知がそうさせているに他ならない。
高橋を好きだと言ったところで、結局彼女のことを何一つ知らないのだ。知っているのは、俺と話をするときの彼女、生徒会活動をする彼女、それだけだ。
そして彼女はもういない。
2か月も経っているというのに。
この行為が有効なものかを判断できるような精神状態ではなかったような気がする。
日立との会話も途中で耳を塞ぎ、俺は家に帰ると適当な服に着替えて、あるだけの現金と携帯電話だけを持って家を出た。
高橋を捜すつもりだった。「何か」を知ることを怖れる気持ちは不思議と消えていた。捜し出して、否、その軌跡だけでもいい、残像でもいい、高橋のことを思い続けていた長い時間が意味のない消耗ではなかったと証明できる何かを掴めるまで。
駅を目指すことにした。