ふたつのツーショット-1
さおりさんが作ってくれたジンバックからレモンの香りが漂う。
「先生が台北に戻ってきてすぐに私、日本人学校へ行って駐車場で先生を待ち伏せて告白の答えを迫ったの。で、付き合うかどうかは別として、中学へ行ってからもときどき会いましょう、って言ってもらって。もう、その夜はうれしくってうれしくって……。ご飯食べながらニヤニヤ笑っててどうしたの、って母に言われたの覚えてる」
怡君さんの頬がほんのりと赤らむ。
「それからは、休みのたびに勉強教えてもらったり短い時間だけどデートに連れて行ってもらったりした。台北101っていう高層ビルがあってね、そこの最上階の展望台から夕方の台北を見ながら初めて手を握ったの。先生のほうが緊張してたなあ」
ふふふ、と笑う怡君さんにつられたように笑ったさおりさんが新しいカルパスのお皿を出してくれた。有線がaikoの「ボーイフレンド」に変わる。
「先生って、そのとき何歳だったの?」
さおりさんが白ワインで唇を湿らせて聞いた。
「30歳。私とは17歳差。お兄さんとしのちゃんって……」
「18歳差です」
「ああ、じゃあ私達とほとんど同じだ」
怡君さんの微笑みが優しい。
「私、最初のうちは恋心と大人の男性への憧れとが半々くらいだったけど、だんだん恋心のほうが大きくなっていって。もう、本気で好きになっちゃった。14歳のときには、絶対にこの人と結婚するんだ、って決心してたもん」
さおりさんが噛んだカルパスの香りが鼻腔に届く。そういえばこの状況、その気になれば息臭も体臭も嗅ぎたい放題の至近距離に女性二人がいるのに、なぜか「その気」にならない。初めての場所で初対面の人と話をしているからってのもちょっとあるけれど。
「先生もたぶん、その頃には私のこと普通に女の子として見ていたと思う。台湾ってね、旧暦の七夕が日本でいうバレンタインデーみたいな日なの。私が中学3年になった七夕の夕方に、ミラマーパークの観覧車に二人で乗ってたときに、先生が私に、これからはちゃんと『こいびと』になろう、って言ってくれて……私、わんわん泣いちゃった。うれしくてうれしくて」
「ミラマーパークって、ミラモールみたいなとこ?」
怡君さんのグラスに新しいワインを注ぎながらさおりさんが聞いた。
「んー、もっと大きいかな。でもあんな感じ」
「しのもね、お兄ちゃんに連れてってもらったミラモールの話、もう私が代わりに誰かにお話できるくらい何度もしてくるの。よほど楽しかったのね。また連れてってあげてね、お兄ちゃん」
は、はい。なぜか赤面する。
「で、怡君ちゃんと先生はそこからほんとうの『こいびと』になったのね」
「そう。もうね、堂々と手を繋いでデートしたりした。会うのはだいたい日曜日の日中だったし、親もまあ、そんなにうるさくなかったからいっつも遊び呆けてるなくらいにしか思ってなかったみたい。でもね」
怡君さんはひとつため息をつく。
「どうしても夜まで一緒にいたくなったときがあって……それで、つい九時くらいまでデートして帰ったら、もうめちゃくちゃ怒られて。誰といたんだ!って。隠しきれなくなって正直に言ったらもっと怒られた。次の日曜日にね、父が先生を家に呼び出して」