ザイフェルトの修行と厄祓い(中編)-4
アルテリスが蒲団の上でうつ伏せになって、足をバタバタとさせ、枕を抱いてごろごろと転がり、恥ずかしいけれど、テスティーノ伯爵がアルテリスのことを愛していると実感して嬉しいやらで悶えていた。
テスティーノ伯爵はザイフェルトに念の力について質問されながら湯につかっていた。
「自分の両手の感覚を感じ取るのと同じように、抱きついてきたアルテリスの気配を感じて両手を上げた。抱きつかれる直前まで、私はアルテリスが背後に近づいているのに考え事をしていて気づかなかった」
「とうすれば気配を感じられるようになるでしょうか?」
「私たちは、物を見たり物音を聞いたりすることに頼っているが、胸の前で合わせた手を離した時、ザイフェルトは目を閉じて感覚に意識を集中して感じ取ろうとしていたじゃないか。自分以外の他人の気配も、目や耳に頼りすぎないようにすれば感じられるはずだ」
「念を込めるとも言っていましたね」
「手のひらや指先で、自分の存在感というか気配のようなものを感じられるのはわかったと思う。それを相手に伝えることもできるのだよ。殺気というものは、相手を殺すという気持ちを、そうだな、今、湯につかっていて、血が体をめぐり体温が上がって、肌に汗がじわりと出てきてるが、強い気持ちや考えがあると、緊したり、相手をにらみつけてしまったり、体や行動にあらわれる。気持ちや考えが血のように体の中をめぐっていると考えてもらってもかまわない。強い思念は、存在感や気配にも影響を与える。体が熱くなり肌が汗ばむように。うーむ、説明しようとするのはなかなか難しいものだな」
「アルテリスに抱きつかれる時、彼女の気持ちを、伯爵様は感じたということなのでしょうか?」
「そういうことになるかな。ザイフェルト、フリーデと交わって肌にさわるときに、彼女の気配を感じてみればいい」
テスティーノ伯爵はそう言って、湯から上がった。ザイフェルトはそのまま湯につかり考え込んでいた。
「のぼせるまでお湯につかっているなんて。マリカさんが温泉に来たら、ザイフェルトが真っ赤になってお湯に沈みかけているって。びっくりしましたよ」
「すまない」
「温泉で溺れて亡くなってしまうなんてことは嫌ですからね、ザイフェルト」
「ああ、気をつけるよ」
冷たい濡れた手ぬぐいをフリーデにひたいに乗せてもらったザイフェルトは、蒲団で仰向けに体を投げ出して、ぐったりしていた。ストラウク伯爵によれば、お湯に沈んで意識を失ったままなら溺死していたらしい。しばらく安静にしていれば、熱が体から逃げて落ち着くだろうと聞いて、涙目になっていたフリーデはホッとした。
(あのまま、ザイフェルトは考え込んでのぼせて気を失ったのか。あれこれ教えすぎたかな?)
温泉からテスティーノ伯爵が、のぼせて肌が真っ赤になっている全裸のザイフェルトを、寝室まで運んだ。
のぼせたあと、ザイフェルトは疲れてぼんやりとしていた。ひたいに乗せた手ぬぐいを変えようとしていたフリーデの手をザイフェルトがいきなりつかんだ。
ぽとりとフリーデの手から手ぬぐいが蒲団の脇に落ちた。
ぐいっとフリーデが引き寄せられ、ザイフェルトの上にかぶさるように倒れ込んでくる。
「ザイフェルト、安静にしてないと、ちょっと、んっ……あ……あぁ……」
浴衣の中にザイフェルトが手を入れ、フリーデの乳房のふくらみの上に重ねて、ゆっくりと揉む。揉んでいない手はフリーデの腰の上にある。
乳房の柔らかく、それでいて弾力がある手ざわりの先にあるフリーデの鼓動を目を閉じてザイフェルトは感じ取ろうとしてみた。
ザイフェルトの手のひらの中で、揉まれた乳房の先っぽの敏感な乳首が、愛撫に応えるように感触を変えていくのがわかった。
ザイフェルトはフリーデの尻のあたりも揉んでいると、フリーデが逃げるように腰をくねらせた。
「どうしたんですか、ザイフェルト、安静にしてないとダメだと言われたではありませんか」
乳房のふくらみを揉んでいた手の手首をフリーデに握られて、浴衣の外へ引き出されてしまった。ザイフェルトは愛撫を止めてフリーデを抱き寄せた。
「フリーデをもっと感じたい」
「何を言っているの、ザイフェルト」
ひたいに乗せられた濡れ手ぬぐいをフリーデがどける前に、手が近づいてきたのをザイフェルトは感じた。目を閉じているのに、たしかにわかった。
ザイフェルトがぽつりぽつりとゆっくりフリーデに、気配を感じる修行の話を始め、それを湯につかりながら考えていたらのぼせてしまったと聞いて、フリーデは思わず少しあきれて、ため息をつくと目を閉じて話すザイフェルトの顔をまじまじと見つめてしまった。
「こっそり近づいて、抱きつかれる直前に、伯爵様はアルテリスの気持ちを感じたと言っていた。俺もフリーデの気持ちを感じられたらいいなと思ったんだ」
フリーデはザイフェルトの隣に添い寝して、自分の中の罪の意識と引け目について話すことにした。
「ザイフェルト、貴方が知りたいと思った私の隠し事はこういうことよ。アルテリスさんは、テスティーノ伯爵の過去のすべて、他の女性のことを愛し続けているのも受け入れて愛している。私は愚かで淫らな女なのよ。それでも、私はザイフェルトを愛している」
「フリーデ、俺は子爵メルケルを未熟さから殺めてしまった。そして、愚かなことにモルガン男爵を暗殺するつもりで、パルタの都まで行ってきた。モルガン男爵は令嬢ソフィアに恨まれていた。俺は令嬢ソフィアが、父親のモルガン男爵を殺すのを止めなかった。俺は自分のためだけに、他人の命を奪って生きてきた。他人が自分と同じように人を殺めるのを許してきた。俺はもう人を殺めたのと同じ手でしか、フリーデにさわれない。フリーデの体を弄んだどんな者たちよりも俺は、罪深く愚かな男だ。恐ろしいと思われて、避けれてもしかたがない。それでも、フリーデを、ずっと愛している」