賢者マキシミリアン-1
ゼルキス王レアンドロにも、ハンターギルド長のクリフトフより、ターレン王国の情勢に関する情報が注進された。
魔石を取引する獣人族の行商人が、クリフトフにターレン王国の情報を売った。
その情報には、傭兵ガルドが騎士に就任した情報はまだ含まれていない。
「マキシミリアンも、ミレイユも不在のうちに戦が始まろうとしている。クリフトフ、将として、騎士団と共に兵を率いてはくれぬか?」
「王命とあらば、その大任、このクリフトフが喜んで引き受けましょう」
ギルド長クリフトフと、レアンドロに王位を譲って行方をくらましているマキシミリアン公爵は、子供の頃からの親友である。
国王とギルド長は、マキシミリアン公爵と、その令嬢の聖騎士ミレイユ、どちらかひとりでも、ゼルキス王国に戻ってさえいれば、と深いため息をついた。
マキシミリアン公爵は、エルフ族の姫君セレスティーヌと駆け落ちしたらしい。そのため、ゼルキス王国に帰るとエルフ族と戦になりかねないので帰らない。
クリフトフは、妊婦になったセレスティーヌ姫とマキシミリアンに、ニアキス丘陵で再会して言われ、呆然とした。
次に再会したのは、聖騎士の試練のために、聖都まで娘を連れて行った帰りなのだと、夫婦で宮廷の謁見の間に訪れた時だった。
急ぎでクリフトフは、王に呼ばれた。
「娘が聖騎士になったら、ここに帰るように伝えてある。絶対に聖騎士ミレイユが来るから、よろしく」
王にそう言うと街に出て、ハンターギルドに夫婦は立ち寄った。娘のフレイヤはセレスティーヌの美貌に、うっとりと見とれていた。
「あのな、クリフトフ、エルフ族が長生きっていうのは、でたらめだぞ。人間族みたいに見た目が老け込まないだけだ」
酒場でクリフトフと三人で、夫婦は酒を酌み交わしたあと、姿を消した。
王都ハールメンの出入口の門を守る衛兵たちは、マキシミリアン公爵夫妻が都に来たことも、帰ったことも気がつかなかった。
どうやって王宮の謁見の間まで見つからずに夫妻が侵入したのかも、今でも謎のままである。
聖騎士ミレイユは、美男子と美女の夫妻との間に生まれた娘で、かなりの別嬪なのは納得できるが、人間族とエルフ族との間に子供が産まれたという話は、マキシミリアン公爵夫妻以外には、ハンターとして大陸を放浪した経験があるクリフトフでも聞いたことがない。
「ねぇ、マキシミリアン、また何を拾ってきたの?」
妻のセレスティーヌに言われて、マキシミリアンはギクッとした表情になった。
「言わないなら、もうお部屋に溜め込んでいる物は、全部処分しますからね」
はぁ〜っ、とため息をついて、マキシミリアンは倉庫として使っている部屋に、わざわざ見つからないように隠したのにと思いながら、錫杖を取り出してきて、妻に手渡した。
「では、鑑定……マキシミリアン、浮気は許しませんよ?」
セレスティーヌが満面の笑みを浮かべているが、マキシミリアンは背中に冷や汗をかきながら言った。
「セレスティーヌ、それは誤解だ。その証拠に、リーナちゃんを起こして話をすればわかるよ。うちのミレイユのお友達で、クリフトフのところのフレイヤちゃんとレナードくんとも、お友達らしい。さすがに僕でも、そんな女の子に手を出したら、気まずいと思わないか?」
「あらあら、今夜はずいぶんおしゃべりですね。それに、なぜ、そんなに動悸が早くなっているのかしら。嘘をつくときマキシミリアンは鼻の穴が少し大きくなるから、わかりますよ?」
「そんなことはないよ」
マキシミリアンはそう言いながらも、指て鼻をさわってしまった。
「ふふっ、マキシミリアン、詳しい話はベッドの上で聞かせてもらうわ」
「ひいいっ、セレスティーヌ、あの、もう僕は、そんなに若くないんだから」
「ダメよ。今夜は寝かせません」
マキシミリアン公爵夫妻は、ダンジョンで暮らしている。ミレイユが産まれて、聖騎士の試練の前までは、セレスティーヌとミレイユは、エルフの隠れ里で暮らしていた。別居しているマキシミリアンは定期的に、隠れ里に通っていた。
マキシミリアン公爵は美男子であり、魔導師としての知識と才能と、剣技もそれなりに身につけている。
女性の困りごとを聞いて、親身になって手助けするのは悪くないところだが、相手の女性に惚れられたら、あっさり手を出してしまう悪い癖がある。
セレスティーヌは、妹に世界樹の管理とエルフ族の女王の座を押しつけ、子育ても済んだので、夫の暮らすダンジョンでふたりっきりの夫婦水入らずの暮らしを楽しんでいる……はずであった。
たまに、ダンジョンで遭難した若い女性ハンターを治療と言い訳して連れ込んでいた。
神聖教団の女神官と異界の問題について討論すると無断で泊まりに行った。
世界樹が枯れるかもしれなかった危機の時には、妹のエリネスティーヌにも手を出した。
そんな前科があるため、セレスティーヌは、夫がダンジョンから外へ旅をする時には、同行して目を離さないようにしている。
たとえ娘の友人でも、マキシミリアンは関係を持つ可能性があると、セレスティーヌは思っている。
人間族の王家では、血統を絶やさぬように愛人を集めたハーレムを作ることが、よくある習慣だと、セレスティーヌは、納得はできないが、知識としては把握している。
エルフ族にはない習慣を、人間族は持っている。
ベッドの上の約束で、降参したマキシミリアンは、セレスティーヌと一緒にリーナを助けるということで同意した。
妻のセレスティーヌにこっそりと、マキシミリアンはリーナの肉体を作るつもりだった。妻に話せば、絶対に誤解するからだと、最後まで言い訳していた。
マキシミリアンが考えそうなことは、予想がつく。
リーナの問題が解決したら、内緒で、お出かけ用の体を用意し、こっそり浮気する気だったのかもしれない。