First Cunnilingus-5
しのちゃんと並んで寝転び、テレビに見入っているしのちゃんの頭の下に腕を差し入れると、しのちゃんが俺に身を寄せて体重をあずけてくる。出逢った頃よりは少し背が伸びたけれどたぶんやっと20kgを超えたくらいの、しのちゃんのちっちゃな身体の温もり。
多幸感に包まれながらぼんやり画面を眺める。長いCMとMCに続いてSnow Man が歌い出す。
「そういえばしのちゃんって、ジャニーズでは誰が好きなんだっけ?」
「……」
あれ。右隣のしのちゃんはいつのまにか、前歯が見えるか見えないかくらいに小さく開いた口から、すーっ、すーっ、っと寝息をたてている。テレビの下、BDレコーダーの時計は午後十一時過ぎを表示している。まあ、小学2年生なら普通は寝ている時間だな確かに。
ぶいん、と、パソコンデスクの上のスマホが鳴る。しのちゃんの頭からゆっくり腕を抜き、スマホのロックを解除する。さおりさんからのメッセージが届いていた。お店でちょっと飲んじゃったけどこれから帰ります、しの迎えに行きますね。げ、でもしのちゃん寝てますけど。
駅までしのちゃんと迎えに行きます。そう返信して、ベッドの上のしのちゃんを見る。寝息はすーっ、から、くーっ、に変わっている。ああ、これは起こそうとしても起きないパターンだ。でも一応起こしてみるか。
「しのちゃん、ママ帰ってくるって。迎えに行こう、起きて」
肩を軽く揺する。うん、起きない。やれやれ。
俺は簡単に身支度をすると、眠ったままのしのちゃんの身体を起こして背中に担いだ。
改札を出たさおりさんが目を丸くして駆け寄る。
「えー、寝ちゃってるの?」
「はい、ご飯食べたら、くーっ、と」
「まさかおうちからずっとおぶってきた?ごめんなさいね」
「いえ、しのちゃん軽いから。このまま送ります」
恐縮するさおりさんと並んで歩きだす。駅前の人影はまばらで、歩道橋を超えると道路には俺たち三人しかいない。
右へ曲がるカーブに差し掛かったとき、後方から自転車をこぐ音とちらちら揺れるヘッドライトが迫ってきた。俺の左脇を通過した白い自転車にまたがっていたのは警察官だ。前方へ走り去る自転車を目で追ったさおりさんが冗談めかして言う。
「お兄ちゃん、私と一緒じゃなかったら職質されたかも」
「冗談きついですよ、実際どう説明したらいいのかわからないし」
「いいんじゃない、『こいびと』で」
さおりさんの息はたしかにお酒の匂いがする。
「捕まりますって。父親とか、せめて叔父とか」
「あはは、でも、この三人だと両親と娘に見えるよね確かに」
しのちゃんとさおりさんが住むアパートの階段を上る。息も若干上がる。運動不足だな。
アパートの建物は築年数古めだけれど、二階のいちばん奥にあるさおりさん達の部屋は2DKで俺の部屋よりも広い。ダイニングを抜けると左右振り分けの居室があり、その左側にモスグリーンの夏用掛け布団が敷かれたセミダブルのベッドがある。俺はくうくう、と寝息をたてるしのちゃんを、敷布団の上に静かに横たわらせた。掛け布団と同じ色のカバーがかけられた二つの枕のうちより小さいほうの匂いを嗅ぎたい衝動は、すぐそこにさおりさんがいるという現実でどうにか抑圧した。
「お兄ちゃんごめんねほんとうに、ありがとう。明日早いよね?」
「でも普段から一時くらいまでは起きてたりしてるから、大丈夫ですよ」
「いま……十一時半、か。お兄ちゃん、もし本当に大丈夫なら、一杯だけ飲んでいかない?」
「あ、はい、じゃ、いただきます」
さおりさんが冷蔵庫から黒ラベルを二本とさきいかチーズを出してダイニングのテーブルに並べる。
「そういえば」
缶のまま乾杯して、黒ラベルをひとくち飲んださおりさんが笑いをかみ殺すような表情で言った。
「しのと、どうやって仲直りしたの?」
「え、あ、まあ……誤解を解いて、『こいびと』はしのちゃんだけだ、ってちゃんと伝えて……」
さおりさんがおかしそうに笑う。
「そこまでしないと機嫌直らなかったの?8歳なのに生意気だなあ」
ひとしきり笑ったさおりさんが、さきいかをつまんで口に入れながらベッドで眠るしのちゃんを見る。
「でも、本当にそれだけ?」
「え?」
「言葉で、だけ?」
俺の方を向いて、右手のさきいかを左右に小刻みに振りながらそう言うさおりさんの目は、いちおう笑っている。
「は、はぁ……」
「しの、お風呂に入れてくれたでしょ?男の人が使うボディシャンプーの香りがするもん。汗かいてた?」
「え、ええ」
「一緒に入ったの?」