ジェラシー-4
そう言って俺の腰にきゅっ、と抱きついてすぐに離れ、たたたっ、と店の外へ駆けていった。もうこの子ったら。そう言いながら俺に何度も頭を下げて母親も綾菜ちゃんを追って出ていく。俺の懐にかすかに残る綾菜ちゃんの小6女児の甘い体臭。ご褒美みたいなもんなのに俺の身体は恐怖で固まっている。こんなにも自分の右側を見るのが怖いのは、しのちゃんくらいの年のころに従兄弟二人と行ったお化け屋敷でいちばん右側を歩かされたとき以来だ。
二杯のメロンソーダを飲んでいる間、しのちゃんは一言も口をきいてくれていない。
「あ、あのさしのちゃん、お腹空いていない?」
どうにか絞り出した俺の言葉にも、「空いていない?」の「て」のあたりで被せるように首をぶんぶんと横に振っただけだ。綾菜ちゃん、やらかしてくれたなあ。いや、12歳の、それもついこの間裸を見せてくれてちょっとエロい会話も交わした少女から好かれるのは至極の思いなんだけれど、しのちゃんの目の前ではなあ。
マウンド上の、もう一人で五点くらい取られ防御率もえらいことになっているピッチャーのような表情でさおりさんを見ると、含み笑いをしながら俺に紙袋をカウンター越しに渡してきた。中にはタッパーが三つ入っている。
「メンチカツと、コールスローサラダ、それにパエリヤ。レンジであっためるだけで食べられるから、先にしのと一緒に食べてて。お兄ちゃんのお家に行く?あとで私、迎えに行くから」
さおりさんはそう言って意味ありげにウインクした。二人っきりになってしのちゃんの機嫌をとりなさい、そう言っているように見える。
さおりさんがしのちゃんを促すと、しのちゃんは無表情のままスツールから下りて、火曜日の綾菜ちゃんのように一人ですたすたと店を出て行った。もはや抑えられなくなったさおりさんの笑い声に送られて、俺もしのちゃんを追って夜の帳がおりた外へ出た。
「しのちゃん、すぐご飯食べる?それともなにか飲む?」
ひとっことも口をきいてくれないまま俺の部屋に着くと、しのちゃんはベッドの上に腕組みをして腰掛けた。さおりさんから預かった紙袋を掲げながらしのちゃんにそう言うと、しのちゃんはそれには答えずにゲーミングチェアを指さした。
紙袋をパソコンデスクに置き、ゲーミングチェアに座った俺を腕組みしながらしのちゃんが睨んでいる。なんだかちょっとコミカルな光景にも見える。思わず笑いだそうとした瞬間、しのちゃんが二時間ぶりくらいに口を開いた。
「お兄ちゃん、綾菜ちゃんとなかよくなったの?」
「え?いや、仲良くは……」
「だって、すっごい楽しそうにおしゃべりしてたし、それに……綾菜ちゃん、お兄ちゃんに『だいすき』って言って、抱きついてた」
「いや、あれはその……綾菜ちゃんが一方的に……」
まさか俺の人生で、ヤキモチを妬いた小学2年生に言い訳をすることがあるなんて思わなかった。
「本当だよ、綾菜ちゃんは、ただ宿題を見てあげていただけで……」
「お兄ちゃんは、綾菜ちゃんのことが好き?」