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『洋蘭に魅せられたM犬の俺』
【SM 官能小説】

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『洋蘭に魅せられたM犬の俺』-1

(1)
 俺はすでに狂っているのか、女に狂わされているのか。
 絵描きでありながら何週間もまったく絵筆を握る気になれない。頭の中であらぬ妄想と欲情が蒼い炎をあげてずっと燃え盛っている。
 その蒼い炎の柱になっているのが、一カ月前に出会った女性……三年ぶりに開いた俺の個展の画廊に現れ、流れるような筆致の草書体で「黒木麗」と記名した女性だ。

 その出会いはショッキングなものだった。
展示している作品をじっくりと鑑賞して回る盛装した女性の姿を俺はひそかに目の端で追っていた。画廊に他の客の姿はなかった。
 そもそも俺の作品は女に毛嫌いされていて、個展会場に女が入って来ることさえ稀だった。一歩足を踏み入れたとしても、眉をしかめて逃げ出すか、嫌悪感を露わにして去っていくのだ。とても芸術作品とは見てもらえない。
 俺の描くのは裸婦ばかりだ。しかも女にとっては耐え難い大股開きの淫らなポーズで縛られているか、高々とヒップを突き上げているような卑猥な構図だからだ。
 薔薇の花弁を精緻に描いた静物画なら女たちはうっとりと眺めてくれるだろう。だが、女体の中心の洋蘭の花弁にも似た淫唇や陰核の有様を克明に描く俺の作品は嫌悪の対象にしかならないらしい。

 生々しく息づく女の花弁。その複雑で奇妙な形状と色合いと質感は千差万別。しかもその表情は変幻自在。化粧で誤魔化せる表の顏よりずっと嘘のない裏の貌だ。
 女性の陰部は顏よりもその持ち主の遍歴と性癖を正直に物語っている。
 たとえどれほど酷評されようと、俺は女の花弁をしつこく描きつづけてきた。家庭やオフィスの壁に飾るのに向かない作品だから、売れたことは滅多にない。物好きな好事家がこっそりと秘蔵しているだけだ。絵をもっと売りたいと思うのなら、俺だって女の花弁など描かない。
個展に展示した十四個の洋蘭のような花弁。そのどれもが俺には愛しいものだ。

 黒木麗という女性は一通り俺の作品を観てまわったうえで、チラッと鋭い流し目をくれた。呆れ果てたと言わんばかりの表情で、あからさまに俺を見下していた。
その切れ長の目と凛々しい顔立ちに魅かれて、ドクンと胸を高鳴らせた。
「あなた、とんでもない愚か者ね」
「えっ……」
 悪趣味ねとか気味が悪いといった悪態には曝されてきたが、愚か者だと言われたことはなかった。
(愚か者って、どういう意味だ?)
 女性はゴージャスな毛皮のコートを羽織っていた。今時は流行らないテンの毛皮で、一昔前の良家の奥方のような優雅な物腰だ。
「女のオマンコを遠くから眺めているだけの幼稚な子供みたいじゃない」
「は、はあ?」
 上品な女性の口からオマンコという猥褻な単語が飛び出したことに驚いた俺は馬鹿みたいにあんぐりと口を開けていた。
「ほんとは女のオマンコに溺れたいくせに、そんな自分を曝け出す度胸がないのね。それでも画家の端くれって言えるのかしら」
 女は静かな口調で辛辣な批評を下した。
「な、何をおっしゃりたいのか……わかりませんが」
「あら。わたしが間違ってますかしら」
 婉然とした微笑を浮かべながら、ツカツカと歩み寄ってきた。
(うわあっ……何する気だっ)
 俺の背筋に嫌な予感が走った。そして次の瞬間、信じられないことが起こった。
女性が俺の左の頬をバチーンと平手で打ちすえた。
出会ったばかりの女に強烈なビンタを喰らうなんて訳がわからない。
「あ、ふっ」
 女のような声が出た。
「うふ。目が覚めまして?……もう一度、打って差しあげましょうか」
 パチーンッ。
 右の頬にも一発。容赦が無かった。
「な、何をするんですっ」
 不思議なことに怒りは湧かず、俺は奇妙な陶酔に浸っていた。
 バチンッ。
 もう一度鋭い打擲音が鳴って、目が眩んだ。
「あっ……ああっ」
「ほらね……あなたって、こんなことをされて、嬉しいんでしょ」
ま、まさかっ。
 自分でも信じられない妙な感覚が足の爪先から股間に這い上っていた。
「くだらないオスのプライドなんか捨てて、女に溺れていいのよ」
 俺のあんぐりと開いたままになっていた口に、その女性は二本の指を差し入れ、ズブズブと咽喉の奥まで犯してきた。
「ああっ……あぐ、ぐっ」
「こんな嘘つきの目をしていて、女の機微なんか描けるはずがないわ」
 女性の鋭い視線が、口腔を指で犯されて戸惑っている俺の目の奥深くまで覗きこんできた。
 吐きかけられた悪態に一言も反論出来ない。
 鋭い指の爪で咽喉粘膜が削られた。
「本当の自分を見つけてから、それをキャンバスに曝け出すことね」
 黒木麗という女性は言いたい放題を言って、それからあっと言う間に画廊から姿を消してしまった。
 たったの一、二分。まるで幻影を見たような気分だった。
(オレは違う……そんな男じゃないっ)
 俺は必死で否定していた。
 だが、血管がぶち切れそうなほど勃起している肉塊は治まる気配が無かった。


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