『洋蘭に魅せられたM犬の俺』-9
(6)
麗様って、一体どんなお方なのだろう。
実はそれほどよく知らない。考えてみれば画廊でたった数分間お会いしただけだ。たったあれだけの出会いで、恋の虜にされてしまったことになる。
俺は女というものを馬鹿にしていた訳ではない。単なる快楽の道具とみなしていた訳でもない。だが、美しい女を漁りまくり、女を自分の思いのままに支配することに拘っていた。画学生、人妻、バーで出会った女、絵のヌードモデル。彼女たちを俺は次々にモノにして俺の意に従わせてきた。サディストらしく、佐土健児などと粋がって名乗っていた。女を縄で緊縛し、鞭を使い、奴隷のように辱めてきた。
女を都合のいいマゾヒスティックな生き物としか見ていなかったのは確かだ。薄っぺらな男なら誰もがそれを当然のように思っているはずだ。
だが、そこに俺の本当の歓びはなかった。
俺の描いた数多くの女性器は、ただのエロい写真と変わりなかった。
麗様は展示していた絵を観ただけで俺の愚かさと欺瞞を暴いて下さった。
母胎から命を授けられ、女を崇敬し敬愛し、女に憧憬していたのが俺だ。
美しい女になりたい。
子供の頃、そんな密かな倒錯した変身願望を抱いていた。それを口にすることなど一度もなかったが、心の奥底深くに秘めていた。
ジクジクと疼かせていた。
もちろん女にはなれない。その挫折。それが俺を屈折させた。真逆な欲望、女をとことん支配する真逆の欲望に駆り立てていた。
深層に秘めていた疼きを一瞬にして暴いて下さった麗様に、俺は感服していた。何度も俺の頬を打って下さった麗様を慕う気持ちで溢れかえっていた。
ロココ調の華麗な調度品の並ぶ応接の間で、俺は麗様にお目にかかるのを犬のような格好で待っていた。
窓から差し込む陽光が眩しかった。
そこに足音もなく麗様が入って来られたのを甘美な匂いで感じた。俺はそれが当然なことのように、額を床に擦りつけた。
「お久しぶりね。少しは自分のことがおわかりになったのかしら」
なんとも心地のいい、鈴の音のような響きの声だった。
俺は丸裸で床に這ったまま、顏もあげずに総身を震わせた。
「は、はい……麗様。あなた様を麗様とお呼びしても、よろしいのでしょうか」
「いいわよ、ポチ」
麗様は13号とは呼ばず、俺のことをポチと呼ばれた。
「ああっ。わたしのことをポチと呼んで下さるのですか」
愛らしい名前だ。俺はそれだけで感激のあまり射精寸前にまで昂ぶっていた。
麗様との距離がぐっと近くなった気がしたのだ。
「ポチはオマンコを持った女になりたかった自分を恥じていたのね」
「ああっ。おっしゃるとおりです。麗様っ」
「でも、あなたはオマンコを持った女にはなれないものね」
「はい。ポチは意地汚いオス犬でしかありません」
「うふっ。顏をあげなさいな」
顏をあげ、麗様の優雅な姿に陶然となって見惚れた。
まるで全身が透き通って見えた。
気品とエロスの香りに光り輝いておられた。
純白のシルクの布一枚だけを身に巻きつけておられる姿はルネッサンス期に描かれたビーナス像そのものだ。
「麗様に……お目にかかることだけを、考えておりましたっ」
自分がよだれを垂らしているのも構わず、胸に溢れる恋慕の情を溢れさせた。
「あら、それだけでいいの?」
誘うような口振りで麗様は俺の頭上で囁かれた。
「ああっ、お許し下さるのなら……ポチは麗様のおそばで奴隷犬として飼って頂きたいです」
「うふふ。ちょっと正直すぎるわね」
「ご、ごめんなさい」
ガチガチに勃起した怒張の先から大量のよだれが滴った。
「ポチの想いはわかったわ。やっぱり最低のオス犬だったのね」
「はい、ポチは最低のオス犬。ゴミ屑のようなオス犬です」
「なんだか嬉しそう」
「ああっ。どうか麗様だけの奴隷犬にして下さいっ」
胸が張り裂けんばかりの昂揚感に打たれながら、麗様に懇願した。
「ポチは13号。それでもいいのかしら」
女神様は俺だけのものではない。俺は女神様だけのものだ……麗様は俺のような卑しいマゾ犬が独占できるはずもない。だが、俺は麗様だけのもの。
「ありがとうございます。嬉しいですっ」
「わたしの気が向いた時だけ、その時だけ、ポチと遊んであげるわ」
麗様の顏が優しい光を放ってほころんだ。
「こ、光栄です。お願いしますっ」
「なら、正式にポチをわたしの13号にしてあげようかしら」
「ああっ。あ、ありがとうございますっ」
俺がどれほどの歓びに舞い上がったことか。
なんと、その場で二度もザーメンを垂れ流していた。
それを咎めることもなく、麗様は実に優雅な身のこなしで巻いておられたシルクの布を取り払い、俺の頭の上に放って下さった。
ふわりと舞い降りた布は天使の羽根のように馨しかった。
その瞬間、俺ははっきりとある一線を越えた気がした。
もはや後戻りの出来ない囚われの身になったのだ。
チラッと一瞬だけ見えた麗様の裸身は白蛇のような鈍い光沢に包まれておられた。