レナ-9
「何を考えてるんだ、君は」前を向いてしまいました。 しばらく黙っています。
ほっとしました。
やがて、「さあ、ついた」
路地を曲ると、見知らぬ空き地がありました。
黒くススのついたブロックや焦げた材木が転がっています。
壁だけが残って立っていました。
車を降りて見回して、立ちすくみました。
もうちょっと何かが残っていると思っていたのです。ここにあるのは何の思い出もない瓦礫とごみの山でした。
家の中だったところは全てが濡れて泥をかぶった後、乾いています。
ねじれて固まった紙にも、かすかに焼け残った黒い家具にも、思い出は残っていませんでした。
「これがあたしの家だというの」声が震えてしまいます。「違う。私のものなんか何もない」
「そうか、思い出せないんだね」捜査官はうまく誤解してくれていました。
そりゃそうでしょう、あたしは演技なんかしていませんでした。
アッチにしがみつきます。 「思い出が、何もないの。あたしの家じゃない」
どこかの部屋から、かすかな音が聞こえてきました。
「どうも様子がおかしいですね」アッチが見回しながらナミにささやいています。
「そう、ずっと胸騒ぎがする」
ひと部屋ずつ、中に入っていきました。あたしはみんなから離れた今の方がドキドキしなくて楽になれました。
「待ちなさい」ナミが後を追ってきます。
気配はキッチンの方からします。
ごみをよけて、床下収納の扉を開けました。
その床をはずすと、下から白黒のまだらの塊が飛び出しました。
「魔」ナミが人差し指に力を込めて構えます。
あたしが飛び出します。「やめて、子犬だよ」
「取り付いてる。こういう犬は撃ち殺すしかないの」
「どこかから紛れ込んだのでしょうね」アッチがナミを押さえていました。「今はだめ、カラザがいる」ささやいています。
「君の犬じゃないのかね」カラザは尋問口調です。
「あたし、犬が欲しかったの。そう、かってもらったの」子犬を抱きかかえます。放したらナミに殺されます。それに、抱いてやるとこの犬はすごくモコモコで気持ちがいいのです。
犬は逃げたそうにしています。≪離れたらあの怖いおばさんに殺されちゃうよ≫
「その犬はほっておけない。かしなさい」ナミが興奮した声を出します。
「ただの子犬ですよ」カラザがとりなしてくれます。
「ちっちゃい無害そうなやつが危ないのよ」譲りません。
「レナ、その子犬をかしてください、ナミはきっと。その子が野良なら病気が怖いのですよ」
「いや渡さない。あたしの飼ってた犬なんだから、病気なんて持ってない」 言い切りましたが、怖い病気を持ってたらどうしようかと、ちょっとビクついてしまいます。≪気にするな、魔がいるだけで充分怖いんだから≫
『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が‥』ナミのお話を思い出しました。
「殺さないで。何の権利があるの。みんなだって傷を持ってるじゃない、どうしてこの子だけ許してもらえないの」
「傷の種類が違う」
「じゃあ私も殺すの」