そこに、オトコのひとがいた-1
雨が降るのに蒸し暑い、夏休み近くの日曜日のお昼過ぎ。
私、る子は階段を歩いて、自分の家がある6階に向かっていた。
(私みたいなコが、ひとりでエレベーター使うのムダだもん。)
5階と6階の間にさしかかったとき、私は階段に腰をおろすオヤジに出くわした。
見知らぬオヤジ。こんな時期に黒いニット帽をかぶったオヤジ。
私、その姿を見て身体が固まってしまった。
ズボンと下着をひざのあたりまでずらしたオヤジは、毛むくじゃらのチンチンを握って、軽く動かしていた。
オヤジの手が動くたびに、チンチンの皮がめくれて「ツラ(面)」が私をにらむ。
その「ツラ」は(ケッ、つまらんなぁ。まだガキやないか)というふてくされた表情をしてた。
「お嬢ちゃん、」オヤジが言った。「ええとこへ来てくれたなぁ……。ワシ、いまセンズリこいとったんや。お嬢ちゃんみたいな、可愛い女の子が来えへんかなーと思いもってな。願いが叶ったわ。」
私はオヤジのチンチンから視線が外れなかった。
こんなイヤな「ツラ」見たくないのに、あんまり怖くて目が固定されてしまってる。
(わ、私…… こんなに弱い子じゃなかったはずなのに……)
オヤジはニヤニヤしながら「そんなに見たいんやったら、もっと近くに寄りぃな。」と言って、私の手をつかんで引っぱった。
少し姿勢がくずれた私の目に、階段の上の方の壁に貼られた「ちかん注意!」の貼り紙が見えた。
(あ、あれ、私が書いたヤツだ……)
▽
私が5年生になろうとしてた春休み。私はこの住宅に住む同じ学年の女の子3人と一緒に、自治会役員であるシノさんに呼ばれた。
シノさんは20代前半の女の人で、住宅内の女の子たちのリーダー格みたいな存在だ。
「悪いわね、管理者から頼まれたの。」と言ってシノさんは私たちに山盛りの「ちかん注意!」の貼り紙を示した。「この字に目立つ色を塗ってほしいのよ。」
私たち3人とシノさんは手分けして、文字の輪郭の内側を蛍光色のマーカーで塗りつぶしていった。
みんなキャッキャはしゃいで、一枚一枚文字の配色に凝りながら貼り紙を仕上げていった。
「ところで、」女の子のひとりが言った。「ちかん、出るんですか?」
「うん。」シノさんが言った。「小さい女の子にチンチン見せて、女の子が恥ずかしがるのを見て喜ぶオヤジがいるんだって。」
「うわぁ……」もうひとりの女の子が言った。「ロシュツキョウってヤツですか?」
「そう」シノさんが言う。「階段の踊場とかエレベーターホールとかにいたりするから、貼り紙して呼びかけろって言われたのよ。」
「そういうヤツって、」私が言った。「チンチンを蹴飛ばしてやればいいんでしょ。」
みんなその一言に、ちょっと引いてしまった。
でもシノさんは笑って言った。「さすがに、る子ちゃん威勢がいいわね。でも、ちかんが逆ギレして暴力に出ることがあるから、大きな声だして逃げるのが一番よ。」