スイートコーヒー-1
1 「ぁっ…いいっ!栄太っ栄太ぁっっ!!」
俺を呼びながら郁(いく)が果てる。俺は体を引き離し、一人シャワーを浴びに向かった。
シャワーの栓をひねる。水温を30度まで下げ、頭から一気にかぶった。
会いたい…
そんな思いを流すために。
ここで那知と…
そんな思い出を忘れるように…
バスタオルを腰に巻いて部屋へ行くと、郁がベッドの上で体を起こしていた。
「栄太、今日もイってないでしょ?どしたの?」
俺は無言でキッチンに立つ。
「自分から求めるなんて元々しないけど、いつもイってたのに」
俺はまだ無言だ。
「最近変だよ?」
ああ、そうかもしれない…。俺は煎れたてのコーヒーを持ってベランダに出る。
最近気がつけば那知のことを考えてしまっている。
たった2回だ。2回しか会っていないのに…交わっていないのに…
あの時、2度目に那知がこの家に来た時…、どうして勝手にいなくなっていたんだろう…。俺がシャワーを浴びている間に帰ってしまっていたんだろう…。
コーヒーを一口飲む。もう慣れてしまった味。あの娘は苦いと顔をしかめたっけ…。
「何考えてるの?」
ふわりと流れるシトラスの香り。郁が後ろから俺を抱きしめたようだ。
「郁…別れてくれないか」
背後で郁がピクリと動くのが分かった。彼女はゆっくり俺から身を離す。
「…やっぱり…ね…」
「え?」
俺は振り返り、郁を見つめた。
「なーんかそんな気がしてたんだ」
驚くくらい明るく郁が笑う。俺は拍子抜けした。
「栄太、あたしを抱くときあたしを見てないもん。他の誰か、心に映る誰かを見てる」
そこまで見透かされていたとは…女は恐るべし。
「いいよ、別れたげる」
郁はサラリと言ってのけるとさっさと着替えて家を出て行った。
俺、そんなに愛されてなかったのかなー…
違う人を見て抱いてる、か…。俺はベッドに腰掛けた。別に那知を好きな訳ではないと思う。だけど…
俺を見る瞳、呼ぶ声、触れる指先…。
すべてを覚えている。心が騒ぐ。気になってしょうがない。会いたくて…しょうがない…。
俺はもう一口コーヒーを啜った。
「でしたらこちらの商品はいかがでしょう?秋の新作でして、お客様の誕生石でございますルビーが…」
目の前には一組のカップル。ネックレスを買いに来たようだ。話によると彼女の誕生日が近いらしい。
「かわいー。あたしこれがいいな」
「じゃあ、これください」
「ありがとうございます」
俺は一礼する。
…誕生日かー。そういえば俺っていつだっけ?九月二十三日…って明日じゃないか!22にもなると柄でもないしな、忘れちまうよ…。
「またのご利用をお待ちしております」
店の外で二人を見送る。結婚リングもうちで買ってくださいね、と思いながら店に入ろうと視線を動かす。引き付けられる瞳。