ホーム-1
銀三は、ほとぼりを冷ますかの様にここ数日間職場以外はパチンコ店、弁当屋、コンビニ位しか外出しなかった。元々趣味も無く用も無ければ外出もしない。
仕事前に早めに食事を取っていた、近所の行き付けの弁当屋の物だ。食べ終わった頃、お茶を飲んでいると珍しくイチから電話の着信が入る。銀三が笑いながら、
「よっ、電話とは珍しいな。」
「何か有ったのかい?」
と出るとイチは大きめの声で、
「悪い情報だよ、銀さん。」
とややキレ気味に話し出す。ここ二日位、薬物スプレーを被害者に吹き掛け痴漢行為をするグループが派手に動いていると言う。イチは、最初自分達の事が過大に噂になったのではと思っていたが違うとの事だ。
他のグループの知り合いから聞いた話では、その薬物スプレーを使うグループは、隠し方も雑な上に被害者の扱いも乱暴で周りに露見しても威圧していると言う。
当然、警察にも通報されたが路線を変えて同様の行為を働いているらしい。銀三のグループでイチの仲間である『吉爺』が買い物途中で乗った電車で偶然に目撃したと言う。
その連中は、小さなハンディカムで被害者を撮っていたと言う。吉爺は、それが一番の目的で隠す気なんて無かった様に思えたと言っていたらしい。銀三が唸り、
「そいつらは、2回吹くやつを使ってんのか?」
と聞くとイチは腹立たしげに、
「そうだよ、銀さん。」
「確認したよ。」
と言い、イチも同じ考えを持ちリュウの所に聞きに行ったと言う。リュウの話しでは、ツープッシュを受け取り拒否した客が元締めの半グレに返金を要求した為半グレの下っ端がツープッシュの回収に来たと言う。
リュウは、一部売ったと言うと勝手な事するなとボコボコにされたらしい。リュウが痴漢グループに売った事を話すと半グレ達は、興味を持った様だ。
半グレ達は、摘発を逃れた結構な量のツープッシュの在庫を抱えているとの事だ。ヤクトリの摘発で顧客が逃げたが、摘発から3ヶ月経ってまた売ろうとしていると言う。
痴漢だけで無く、盛り場でナンパした女性にツープッシュを使ったレイプを行い、それも撮影して新たな顧客獲得の手段として、また動画自体の販売もしていると言う。
リュウは、半グレの連中はツープッシュに結構な資金を使ったらしく殺気立ってるから近ずくなと警告してきたとイチは話した。
イチが、吉爺が半グレ達を見掛けた路線に行くとサツが結構張っていたとの事だ。多分、いつもの鉄道公安の連中だろうと言った。銀三は舌打ちして、
「仲間に暫くは、どの路線にも乗車しない様に言ってくれ。」
「もう、言ってくれたか?」
と言うとイチは、
「うん、銀さん。」
「そう伝えたよ。」
「ほとぼりが覚めたら、連絡するよ。」
と話しを締めくくった。銀三は、冷蔵庫に行き保管して有るツープッシュ入りのスプレーボトルを見て、
(もう、使えねぇかもな。)
(良く効いたが。)
と残念だった。
真理子は、朝一で課の全員を集めてツープッシュが再び盛り場でレイプドラックとして使われたと報告する。最近被害届けを出した被害者の体内からツープッシュが検出されたのである。
そして、鉄道公安課からツープッシュを使った痴漢グループが活発に活動していると報告が有ったとも伝えた。こちらも訴えた被害者からツープッシュが検出されたのだ。
真理子達が囮捜査をしている路線では無く、頻繁に路線を変えて活動しているとの事だった。被害者を撮影しているらしい、気付いて止めようとした周りの乗客を刃物をチラつかせて威圧しているとの事だ。
この凶暴な痴漢グループを摘発する為、鉄道公安課は結構な人数を割き捜査しているとの事だ。鉄道公安課の話によれば、通常の痴漢グループの行動では無く、手口も荒っぽい事から反社関係や半グレでは無いかとの予測が有った。
真理子は囮捜査を止めて、以前ツープッシュを摘発した半グレ関係者を探らせる為に課の半分の人数を振り向けた。そして、残りの部下達も3人一組の班を作り鉄道公安課の捜査していない路線で車両に乗車しての痴漢グループの捜査に切り替えた。
実質鉄道公安課の応援とも言えたが、犯人グループの凶暴さから半グレグループだと目星を付け、ツープッシュの摘発に繋がると真理子は判断したのだ。
(以前の痴漢グループは、撮影したり刃物を使う事はしなかった。)
(多分、以前のグループとは違う連中だ。)
(それとも、ツープッシュが色んな所に出回っているのかしら?)
と考えていると、ふと頭にあの男が浮かんで来た、
(また性器を触られたくなったら、ホームに来いとか何とか言ってたわね。)
(凄く下品な表現で。)
とあの日、後で男の言葉が思い出されたのだ。
(行く訳無いわと思ったけど。)
(四日後、明日だわ。)
(どこでツープッシュ手に入れたか聞きたいけど。)
(言う訳無いわね。)
と頭に浮かんだ考えを否定した。