銀三-1
銀三は、夜間の掃除の仕事を終え帰って来るとコンビニ弁当を電子レンジで温める。非正規の仕事だが、夜間だと時給も良く、独身で家族も無いが、一人何とか食べていけていた。
色んな仕事を渡り歩いたが、今の職場は年齢層も高い為か温厚な人が多く居心地が良い。腰の落ち着かない銀三だが、暫くは今の職場で世話になろうと決めていた。
チンと音がして電子レンジから弁当を取り出し、食べようとするとスマホにメッセージアプリの着信音が鳴る。スマホのアプリを開くと、
〈明日、行くの?〉
と『イチ』からだった。明日、痴漢に行こうとの誘いだ。イチは、銀三の古くからの痴漢仲間で、銀三の痴漢グループのまとめ役と連絡係を自らやっていた。
グループとして活動するかは、銀三次第だった。別に単独や他のグループで活動しても問題は無い。銀三のグループは、その辺りは自由だった。
他のグループは単独では駄目とか抜けられ無いとか厳しい所も有るらしい。警察に捕まった時に類が及ぶのを警戒しての事だろう。
銀三のグループは、最初イチと銀三で始めた物だったが加入希望者が増え今では、20人近くいる。銀三は、特にグループを作るつもりも無かったのだが少しずつメンバーが増えた感じだった。
活動する時は、10人位いれば多い方だ。仕事なのか、やりたい気分じゃ無いのか理由は聞きもしない。お互い相手の事を聞かないのが銀三のグループの暗黙のルールの様な物だった。
銀三は、メンバーの名前もニックネーム位しか知らないし、メッセージアプリを交換したのもイチだけだった。ルールと言えば、仲間と獲物の女性に乱暴な事はしないと言うのが唯一の厳しいルールだ。
過去に数人、仲間に乱暴したり女性に過激な事をして銀三の指示に従わなかった連中を追い出した事が有る。銀三は、それ程腕っぷしは強く無いが、仲間も加勢して秩序は保たれていた。
銀三は、弁当を暫く食べてペットボトルのお茶を飲むとスマホを操作して、
〈○○線と△△線は、桜が満開だ。〉
〈暫く、休もうか。〉
と返した。桜が満開は隠語で警察が張っていると言う意味だ。イチが直接的な表現は念の為避けて隠語を使おうと提案し、隠語も考えたのだった。
その二つの路線は、銀三のグループの行きつけだった。他の路線に行っても良いのだが、他の痴漢グループがいた場合中には縄張り意識が強い連中がいるので揉めたく無いのだ。
銀三が弁当の残りを食べて、またお茶を飲んだ頃アプリの着信音がした。アプリを確認すると、
〈□□線は、今は空いているよ。〉
〈最近、乗ってないし。乗車しようよ。〉
とイチからの返信だ。『空いている』は他の痴漢グループがいない、『乗る』『乗車』は痴漢の隠語だ。銀三は笑い、
(イチのヤツは、俺と同じで根っからの痴漢好きだ。)
(イチの顔を立ててやるか。)
と思い、
〈良いぞ、●●駅に一時に集合だ。〉
と入力して返信した。すぐに、
〈ありがとう。〉
と返信が来た。銀三は、微笑んで頷き弁当の空箱をゴミに捨てた。
(明日の予定も出来たし、風呂入って早く寝るか。)
と鼻歌交じりで風呂場に向かった。
真理子は、朝早くから局に出勤して管理職としてのデスクワークを処理していた。囮捜査のチームに入って遅番の担当とは言え、課長としての仕事もこなさなければならない。
午後の遅番の開始時間までにある程度終わらせようとパソコンを睨んでいると、卓上の固定電話が鳴る。部長からで午後からの会議に出る様にとの事だった。電話を切ると、
(やれやれ、いつもの様に会議長引くだろうな。)
(サブリーダーの山田君に遅れるかも知れないと連絡しないと。)
と溜息を付き、キーボードを叩く音が大きくなる。
銀三が、いつもの様に待ち合わせの場所である駅のコインロッカーの前に行くとイチ達、5、6人が既に来ていた。新入りの一人を除けば、いつも参加する連中で、イチといつも一緒に行動している。まだ、時間まで30分も前だったがみんな待ち切れない様だ。銀三がやや低い声で、
「始める前に話があるんだ。」
とイチに言う。
「えっ、銀さん。何かな?」
と銀縁眼鏡を掛けて、薄い線のチェックの上着とズボンを着た優しい感じの男が微笑み高めの声で聞く。160cm位の銀三より14、5cmほど背が高く、やや長めの白髪交じりの40代後半の教授風の男だ。銀三は、
「茶店で話そう。」
と言い、最近グループに入った新入りの50代の男に、
「あんた、悪いけどここで他のヤツらが来るの待ってくれるか。」
「そんな待たせないから。」
と言うとその男は、笑顔で頷く。そして銀三はイチ以外の男達を見て、
「この前イチと一緒に乗車したヤツは来てくれ。」
「俺がいない時に、乗車したんだろう?」
と言うとイチと男達は、急に気まずそうに下を向く。銀三は笑い、
「別に怒っちゃいない、話が有るんだ。」
と言い歩き出す。イチと男達は、銀三の後を追いかけた。客が少ない喫茶店を選び、奥の誰も周りに居ないソファ席に座った。