番外編:Oと麗美とMM号 (2)-3
「はい、五百円」
別れ際、麗美がいたずらっぽく笑って言った。今渡った川の土手を右に行けば私の家、左に行けば麗美の家がある。
「なんで俺が払うんだよ。てか手を繋ぐのは飴玉だぞ」
「知ってるよ」
「じゃあなんで」
「五百円のやつ、最後にしよ?」
少し俯き気味の麗美の表情は夕焼けの逆光でよく見えなかったが、にやにや笑いはしていなかった気がする。
私が麗美をハグすると、彼女も私の背中に手を回してくれた。半日のデートで二人とも汗ばんでいたが、気にせず私たちは抱きしめあった。
「麗美?」
「なに? Oくん」
ハグしたまま会話する。髪の毛のいい匂い。そして麗美の汗の匂い。
「千円払います」
「ふふふ。ばーか」
「じゃあ二千円のやつ」
「…………」
てっきりまた「ばーか」と言われるものと身構えていたのだが、麗美は私の胸に顔を埋めたまま黙っている。呆れられてしまったか。
「うそです。ごめんなさ……」
「Oくん?」
麗美が顔を上げ、私の言葉を遮った。
「……お金なんて……要らないよ」
夕日が彼女の顔を、横から照らした。頬は赤く染まり、瞳がキラキラ輝いている。
しばらく見つめ合った後、彼女は目を閉じ、背伸びして顔を寄せてきた。
土手の斜面に長く伸びる二つの影が、ひとつに重なった。
*
デートの日から三日が過ぎ、一週間が過ぎ、半月が過ぎた。
麗美から私には、とくになんの報告もない。学内で会っても、今までどおり普通に接してくる。私も極力平静を装うが顔を見ると辛くなってしまうので食事にも誘わず、次のデートに誘うこともしなかった。
彼女にじっくり考える時間を与える、気の利く男のつもりであった。
一ヶ月後、麗美がサークルの後輩と付き合い始めたといううわさを耳にした。
ああ、やはりダメだった。それが彼女の出した結論なのだ。あのとき告白しないでおいて本当に良かった。
やがて学内で麗美が新しい彼氏と二人並んで歩いているのを目にするようになった。学食でも、生協でも、図書館でも、見かける頻度は増えていく。すれ違うと、麗美が私に以前と変わらず話しかけてくるのが辛い。MM号での突然のキスはなんだったのだろう。帰り道、なぜ手を繋ごうとしてきたのだろう。別れ際、どうしてハグを求めどんな気持ちでキスしてくれたのだろう。
考えても答えは出ない。川の土手を散歩していると、麗美が一人暮らしする部屋の近くまでつい来てしまう。完全なストーカーだ。
ある日の夜、彼女の部屋のカーテンが十センチほど開いていた。
誘惑に負け覗き見ると、麗美が彼氏とセックスをしていた。
*