理不尽-2
美景も今さら気づいたが、これは恐ろしい条文だった。「ペナルティ」の内容が何も規定されていないのだから、要するに主催者側は何をしてもいいというのと同じなのだ。
「これに従って退学になっても、あなたたちは文句を言えないのよ」
昭代は冷徹なまなざしとともに告げた。赤線が引かれた部分を見て出場者一同もたじろぐ。
「こんなありえないコンテストを途中で抜けるのが、正当な理由じゃないんですか!?」
美景は納得がいかず、問い返した。
「正当かどうかは、こちらが判断することです」
にべもない態度で返された。これでは棄権など全く許されないではないか。
「そんな大事なこと、どうして先に説明してくれなかったんですか?」
納得できないのは美景だけではない。おとなしそうな琴音も、声を荒げて問い詰めた。
「訊かれなかったからよ。訊いてくれたらちゃんと説明したわ」
フッと鼻で笑うように、呆れた面持ちで昭代は返し、続ける。
「ちゃんと規約に目を通しておけばよかっただけの話よ」
だが、ゆっくり時間をかけて規約を読んだとしても、あんな長文の中で当の条文の危険さに気づくのは容易ではなかっただろう。
それなのに、まともに読む時間も与えずに昭代はサインを促した。卑怯としか言いようがなかった。
「そんな、ちゃんと読む時間もなかったじゃないですか!」
早織もまた色をなして非難する。だが昭代は取り合おうとする素振りすら見せない。
「自分の行動には責任が伴う。自分が選んだことを誰かのせいにしない。それが自主自律を尊重する本学園の生徒に相応しいことは、あなたもわかってるでしょ?」
こんなところで都合よく学園の教育方針を持ち出して、昭代は突き放した。
「ついでに言うけど、もし退学処分になったら、素行不良の問題生徒として地域一帯の高校に名を知られることになるかもしれないわ」
それで、他校への編入すらままならないことになったらいっそう大変なことになる。抗議した早織も、すっかり委縮した表情だ。
「それでも構わないというなら、今すぐここを出ていきなさい」
きっぱりと昭代に言い渡されて、美景は迷った。
退学にでもなれば、彼女の人生はめちゃめちゃになる。一生懸命働いてずっとこの学校に通わせてくれてきた母にも申し訳が立たない。
しかしこんな酷いミスコンを棄権したぐらいで、本当にそんな処分が下されるだろうか。簡単には信じられない。
確かに主催に理事長の名はあった。今ここにいない理事長の意向はわからない。だがあの紳士的で優しい理事長がそんなやり方に賛同するだろうか疑問だ。
このまま退出し、仮に退学処分が下されたのなら、それを不当として争う。美景はその道も考えた。
学園側が処分を取り消さないなら、裁判に訴える。処分理由も理不尽だし、まだ16歳、つまり未成年の美景ではあのサインだって契約としても本当は成立しないし、訴えればその主張は認められるはず……。それが真っ当だとも思えた。
だが裁判には大金がかかることぐらい、高校生の美景も常識として知っている。今の家計事情で親にそんな負担をかけることは、それ自体が気が引ける。
それに学園側には間違いなく強力な弁護士がついているだろうから、裁判に持ち込んで勝てる保証はない。なんだかんだ理屈をつけられてやり込められてしまう可能性も、十分に予想できた。
たとえ勝訴して退学処分取り消し(と損害賠償)を勝ち取れたとしても、それまでにはかなり時間を要するだろう。その間に確実に1年は留年することになり、青春のこの貴重な時期を棒に振ることになる。
なまじ頭の良い美景だから、すぐにそこまで考えが及んでしまう。後先を顧みずにここを飛び出すことなどできはしなかった。
代わりに美景は、他の出場者4人を向いて呼びかけた。
「みんな、一緒に棄権しようよ! こんな無茶苦茶なミスコンなんて」
彼女ひとりなら厳しくても、みんなと一緒なら、たとえ不当な退学処分が下ったとしても力を合わせて闘える。そもそも全員退学にしたら大騒ぎになるだろうからやりにくい。そう考えたのだ。
だが他の面々の反応は、あまりにも冷ややかなものだった。
「先輩、私は退学になんてなりたくありません」
「棄権したきゃ勝手に1人でして、退学になりなって。あたしはどうあろうと優勝して、学園一の美人だって証明してみせるんだから」
「何を言うの奈津江? ミス和天高校は私よ。得票1位は私なんだから」
琴音だけは何も言わないでいたが、美景を支持しようという態度を表明しているわけではない。
美景は愕然となった。そんな、誰も私に味方してくれないなんて……。