算数の宿題-6
「はい、じゃあ宿題終わり。しのちゃん結構できたね」
ドリルを閉じるしのちゃんの頬がうっすらと赤くなる。
「そんなことないよー、お兄ちゃんいなかったら解けなかったのばっかりだった」
「しのちゃんはちゃんと覚えていればほとんど解けるんだよ、だからあとは、まだ覚えていないことをちゃんと覚えれば、百点とれるようになるよ絶対」
「ほんと?」
しのちゃんの表情がぱっ、と華やいだ。
「うん、だから、これからときどき、学校の勉強も一緒にやろうね」
「やったー、うれしい!」
しのちゃんがゲーミングチェアの中ではしゃぐ。
「お兄ちゃんが先生だー、あたし、勉強もがんばる」
胸の前でぐっ、と握る両手が無邪気でかわいい。俺、しのちゃんに対する形容詞がかわいい、しかないのな。しょうがねぇか、かわいいから。
「一緒に頑張ろうね。勉強も、歌も、……こいびと、も」
「うん!すごい、お兄ちゃんぜんぶできるんだ」
「?」
「だって、お兄ちゃんで、先生で、こいびと。先生だから算数もわかるし、歌もいっぱい知ってるし、それに……」
しのちゃんがくっ、とあごを引いてちっちゃく笑う。
「……、お兄ちゃんって、エッチなこともくわしいもん」
「えー、いや、あの」
まぁ、図星なんだけどな。
「なんていうか、しょうがないじゃん大人なんだもん。人生経験があるから、知識も増えちゃうんだよ自然にね」
「ふーん。お兄ちゃんだけ大人でずるい。あたしも大人がいい」
しのちゃんがぷん、と唇を尖らせる。
「なんで?」
「だって子供って、知らないことがいっぱいあるような気がする」
それって性的なことだろうか。いやいや違う、勉強の進め方とか、そういうことだろう。
「いいんだよ、みんな子供の頃はそうなんだ。みんなちょっとずつ、いろんなことを知って大きくなっていくんだよ」
こくん、とうなずくしのちゃんを見ながら漠然と、やっぱり周囲の大人によるケアがしのちゃんには欠けているんだろうな、と思った。母親は忙しいし、転校してきて数ヶ月経つのにクラスに馴染めていないあたり担任は当てにできそうにないし、細かいことはわからないけれど近所や親戚とのつきあいも希薄なようだ。
しのちゃんみたいな状況の子は学童保育に通うのが普通なんだろうけど、ざっと調べた限りしのちゃんの小学校周辺に放課後デイサービスみたいな施設はなさそうだった。ただもし学童に通うとなると俺と会ったりする時間がなくなってしまうわけで、「こいびと」としては大変に悩ましい。でもしのちゃんの将来を考えたら……やっぱり母親にしのちゃんと俺の仲を公認してもらうしかないな。そうすれば学習面でも発育面でもしのちゃんの面倒を堂々と見ることができるだろう。
ふっ、と、なにかが俺の頬に触れる。気づくとしのちゃんは、ゲーミングチェアから降りて俺のそばにしゃがみこみ、右手で俺の頬を撫ぜている。
「お兄ちゃん……」
「ん、ああ、ごめん、ちょっと考えごとしちゃった。あ、そうだしのちゃん、あとまだ……」
食べていないお菓子あるよ、と言いかけた俺の手をしのちゃんがぐっ、と握り、立ち上がりながら引っ張る。つられて腰を上げた俺の目を見ながら、しのちゃんが言う。
「お兄ちゃん、ごほうびあげる」