裏切りを重ねて (2) / 番外編:美魔女グランプリ・ネットの反応(後編)-2
「なにこれ。こんなサイトあるのね」
「昔のがよかった?」
「…………」
「ゆき?」
「わかんない」
夫を突き放す。ごめんなさい。せっかく愛してくれてるのに。
せっかく「いきなり挿入してはダメ。優しく頬をなで、軽くキスしてみましょう」というサイトの指導を忠実に実行してくれているのに。いやしかし可愛いな。ちゃんといいつけ守ってて。
「そんなもんかー。喜んでくれてると思ってたのに」
しょんぼりさせてしまった。これでいいはず。いいはずだよね? でもちょっと可哀想。そして可愛い。
「……ちょっとは嬉しいよ。少しだけど」
夫を受け入れたいのか、突き放したいのか、どっちなのだ。
「ははは、なんか無理に言わせちゃったみたいだな。やっぱ付け焼き刃じゃ駄……」
「そんなことないよ!」
思わず大きな声が出た。あれ?
「嬉しかったよ」
「ほんと? でもさっき……」
「急だから驚いて……素直になれなかっただけ。ごめんなさい」
あれ?
「そ、そっか、よかった。これからもこういう感じで、いい?」
コクリとうなずいてしまった。
あれ? あれ?
夫はまた私の頬を優しく撫で、キスしてくれる。
裸で向き合い、見つめ合う。
私も夫の頬を撫でてみた。
唇を重ねながら、おしゃべりをする。くだらない、日常の雑談。笑顔が自然とこぼれる。
「これもサイトに書いてあったの?」
「そうだよ。ほらここ、何気ないおしゃべりを楽しみましょうって」
「ふーん」
「楽しんでる?」
「べ、別に……」
「おかしいな。俺には楽しんでるように見えたけど」
またいじわるな顔。腹が立つ。
「ふ、普通だよ。おしゃべりが楽しいのは普通でしょ……?」
「ツンデレかよ」
何度もキスされる。
やっぱり、楽しい。
このままずっと、こうしていたい。
「パパ昔と全然違うから、てっきり浮気でもしてたのかと思っちゃった」
「あれ、ゆき? このサイトに『浮気を疑うパートナーは自分も浮気している可能性が高い』って書いてあるぞ」
やぶ蛇だった。サイトめ。
「な、なにそれ……! 失礼ね」
「なんか慌ててる? まさかゆき、浮気してる……?」
「し、してないよ!」
少し前まで、浮気なんてバレればいいと思ってた。
そしたらすべてを、終わらせられる。今だって――。
夫は笑っている。妻の浮気なんて、本当はこれっぽっちも疑ってないって顔をしている。
ごめんなさい。やっぱり終わらせたくないよ。こんな時間。
なんて身勝手な女だろう。
「首筋と胸元のこの赤いの、キスマークじゃないのか?」
ふざけてなおも追求してくる夫は、期せずして私の不倫の動かぬ証拠にたどり着く。三日前、久しぶりに会ったGくんにつけられたやつ。ファンデーションで隠すのが大変だったやつ。お風呂に入って落ちちゃった。
「そ、それは痒くてちょっと掻いただけ」
「うーむ」
「信じてくれないの?」
悲しそうな顔を作り瞳をパチクリしてみる。なにやってるんだろう。涙で潤んだ瞳がちょうどいい具合に真に迫ってしまっている。
「い、いや。信じないわけじゃないけど」
「私のこと疑うなら、パパも浮気してるってことだから!」
今度は唇を尖らせ頬を膨らませてみる。すかしたり脅したりあらゆる手段で疑惑解消に務める、自分でも嫌になるほどズルい女。
「ごめんごめん! 信じるよ、ごめんゆき」
何も悪くない夫を謝らせてしまった。
浮気なんてバレて捨てられればいい、むしろ捨ててほしいって思っていたはずじゃないの?
夫にまた優しく髪を撫でられる。こうしてただ見つめられるだけで自分の胸がときめくのが分かる。夫が顔を寄せ、私の唇にそっと触れる。ここ何ヶ月か、夫はいつもこうして愛してくれた。
何度も、何度も、触れては離れる。見つめ合ったまま私の唇を甘噛みしてくれる。甘噛みしながら髪を撫で、愛おしそうな目をして頬をさすってくれる。
ああ私、こうしてほしかったんだ。ずっとこれを待ってたんだ。
「パパ……?」
「何?」
「……………………」
「どしたの? ゆき……」
「……ありがと……」
自分からキスをした。夫婦生活が再開して以来、はじめてかもしれない。ずっと素直になれなくて、ずっと受け身だった。気がついたら夫を抱きしめ、唇を重ねていた。
「ごめんなさい……今までしてあげられなくて」
本当は、もっと謝らなきゃいけないことがある。
大粒の涙がぽろぽろ溢れる。
慌てた夫が私を抱きしめ、よしよししてくれた。こんな私のことを。
「ごめんね……本当にごめんなさい……」
「ゆき、謝りすぎだよ。仕方ないよ。俺も家のこと任せっきりだったし……ごめん」
「謝りすぎなんかじゃないよ……ごめんなさい……」
いくら謝っても許されないことを、私はしている。
「パパのこと傷つけたと思う。パパこそ謝らないで」
なぜ私がこんなに謝っているのか夫は知らない。
ああ、私はなんてことをしてしまったのだろう。本当に馬鹿だった。
*
裸で抱きしめ合い、唇をついばむ。夫婦の優しい時間。
「ねぇ、パパ?」
「今度は何?」
「サイトには次どうするって書いてあるの?」
「えーっと、ゆき嫌がるかもだけど……ほらゆきって、エッチなこと、あんま好きじゃないだろ?」
エッチなことが書いてあるんだ。
「なになに?」
「えーっと……『雰囲気が出てきたら、胸に優しくタッチします』だって」
「へー」
わくわくを押し殺し、平静を装う。
「嫌だったらその……無理しなくていいよ。俺こうしてるだけで楽しいから」
「嫌じゃ、ないよ」
「いいの?」
「うん」
「わかった。じゃ、じゃあ雰囲気出さなきゃね……」