夢の中で-1
怒涛の五日間がやっと終わった。入社以来、これほどまでにトラブルまみれだったシフトはなかったんじゃないかと思うほどだ。
団体客や、早めの夏休みを取った個人客のおかげで満席が続いたのはよかったのだが、台風が想定外の進路変更をして南西諸島を襲ったため、宮古線のダイヤは連日乱れっぱなしになった。まずいことに他の路線で機材故障が起きたから宮古の整備スタッフが半分そっちに駆り出され、出発準備が整えられないばっかりに気象条件は問題ないのに離陸できないというアクシデントまで発生した。当然クレームも多発し、空港カウンターやオフィスの電話は対応に追われまくった。
幸い欠航まではいかなかったものの、一日一往復で機材(飛行機)がこっちに常駐しているわけではないので、宮古からの便が到着しなければこちら発の便はいつまで経っても出発できない。宮古空港もうちの会社の便だけが離発着するわけではないから、他社便が乱れればその分うちの便も遅れていく。ましてLCCなんで、対応はどうしても大手の次になって皺寄せを受けてしまう。宮古島の人たちもこっちの空港の利用者も気のいい人が多かったみたいで、カウンターで怒鳴られたりするようなことはなかったけれど、飛行機が飛ばないから宮古に行けないかもしれないと親に言われてベソをかいていた小学生の女の子の姿なんかは相当堪えた。怒り狂う大人のお客よりもしくしく泣く子供のほうが精神的に堪えるし、あの年代の女の子はどうしてもしのちゃんと重なってしまう。四時間遅れで搭乗手続きを開始したときの、嬉しそうな満面の笑顔が救いだったけど。
小さい空港ターミナルのエプロン(駐機場)にはボーディングブリッジなんかないから、うちの便のお客様はターミナルから歩いて飛行機の下まで行って、そこからパッセンジャーステップ車(タラップ車)で搭乗する。出発直前になって急に土砂降りの雨が降り出したけど、こういうときはお客様にターミナル側でビニール傘を貸してタラップの下で回収する作業が追加される。
出発機のドアが閉まりパッセンジャーステップ車が機体から離れると、トーイングカーに押されたB737-800がゆっくりとバックしてタクシーウエイ(誘導路)へ移動していく。それを手を振りながら見送った俺は、回収した傘を積んだ社用車兼空港連絡車のハイゼットカーゴを運転してターミナルビルへ戻った。濡れた傘をオフィスに戻してからロビーに戻ると、出発後の片付けをしている琴美の姿がカウンターの中に見えた。歩いてくる俺に気づいてこっちを向いた琴美の顔は、あきらかに疲れ果てている。
「おつかれー、あたしもうダメ。今日死ぬもう死ぬすぐ死ぬ」
相変わらず大げさな奴だ。気持ちはわかるけど。
「琴美は明日もシフトだもんな、でもフルブック(満席)なのは今日までだから、ちょっとは楽になるよ」
「だといーけどね、そっちは今日でシフト終わり?」
「そ。で、俺今日早出してきたから、そろそろ帰るわ」
「わ、ずるい」
「ずるくねぇよ、ちゃんと八時間、いや結局残業してるから九時間だな、しっかり働いたさ」
「そうだけどさー。帰れるっていいな、はぁぁ」
琴美が大げさにため息をついた。カウンター越しに、琴美の生暖かい吐息が俺の鼻腔に届く。お、さすがに酸っぱい匂いが強くなってる。相当疲れてるな琴美も。唇の色もちょっと悪いしな。
俺はカウンターの内側に入って、琴美が整理し終えた書類を手に持った。
「これ、オフィスに届けとくよ。支店長でいいんだっけ」
「うん、ありがとー。じゃ、五日間お疲れさまでした。あたしはこの後も明日もが・ん・ば・る・けど、そっちはゆっくり休んでね」
琴美が含み笑いをしながら言う。その身体から、一日の疲れを飽和した琴美の体臭が漂ってくる。そういえば、琴美の匂いなんかをオナペットにしなくなってから結構長いな。「こいびと」ができたからか。別に浮気してるわけじゃないから、たまには琴美で抜いてもいいかな、特に今日は匂い強いし。
「……なにボーっとしてんの?」
「ん?あ、俺疲れてるわ」
「だよねー、まぁ、ボーっとしてるのはいつものことけど」
「うるせえよ、んじゃ、おつかれ。お先に」