あのショーは彼の人生をどう変えたのか 2-1
高校生になると、彼の生活はリアルの方では大きく変わった。中学生時代は真面目クンとしてのキャラが学内で定着していたから、そこから外れると却って浮きそうで、あえて卒業までそれまで通りの優等生を演じていた。
だが進んだ高校では同じ中学の出身者は誰もいない。イメージを一新するには絶好の機会だ。中3の後半からそれを予想して、いろいろと準備もしておいた。どうせバレないだろうからと、中学時代のエピソードは読んだラノベを参考にいくつか創作までしておいたぐらいだ。
それは成功し、茂正は高校では陰キャと見られることもなくなった。特別な人気者というわけでもないが、普通に高校生活を楽しめるぐらいに多くの友達もできた。高校でも学業成績は上位をキープした。親もすっかり放任主義になり、進学校ながら自由な校風にも恵まれ、中学時代よりずっと楽しみでいっぱいの学生生活を送ることになった。
なお、高校入学を機に彼は一人称をそれまでの「僕」から「俺」に変えている。
同級生の誘いで一緒に音楽とダンスを始めたのが当たって、彼は女子にもそこそこモテるようになった。異性の友達はたくさんできたし、彼から積極的にアプローチするまでもなく、告白してくる子まで出てきた。女の子にはそもそも縁が無いと思っていた中学時代には考えられないことだった。
1年の夏には、隣のクラスの藤井果澄と、彼女の方から告白されて付き合った。初めは女の子と付き合えること自体が夢のようで、茂正も交際を楽しんでいた。
だが気がつけば、彼はどうしてもみさきを思い出し、比べてしまっていた。
果澄は確かにかなり可愛い部類に入る女の子だった。だがキャピキャピした雰囲気、夏休みに一緒に海に行ったときに目の当たりにした大人びたからだつきは、楚々として儚げだったみさきとはほとんど真逆のタイプだ。
みさきちゃんは過去の人。もはや自分の心の中にしかいない相手。
そう自らに言い聞かせようとしたが、みさきとあまりに違う果澄との交際が、むしろ彼女のことを思い出させてしまう。それが意識されるにつれて次第に茂正の方が冷めていった。ずっとノリノリで付き合おうとしていた果澄との温度差は避けがたくなり、わずか2か月半で別れるに至った。
他にも女友達は少なくなかった。その気なら付き合えただろう相手もいた。だがリアルで女の子たちと接する機会が増えれば増えるほどみさきとの違いが意識され、むしろ彼女への思慕が募っていく。あのピュアな可憐さを夢想してしまう。それを抑えて、彼女とはまるで異なるタイプの女の子と付き合おうという気にはならなかった。中学生の頃の彼だったら贅沢すぎる話に違いない。
二次元にこそ彼の満たされないものを求めるようになっていったのも、この頃からだった。
かつて茂正は母親の厳しい教育方針のため、ごく幼少の頃を別にして、アニメの視聴は一切禁じられていた。中3の途中であの件を機に自己主張をはじめてみればあれほど厳しかった母は実は思いの外簡単に折れ、ほどなく解禁された。すぐにいろいろな作品も見始めた。
最初は高校に入ってから同級生たちと話を合わせることが目的だったが、長らくの禁止の反動で自身がのめり込むのはむしろ当然だった。夏休みはほとんど見まくって過ごした。すでに中3の後半には、特に親しくもない同級生たちがその種の話題で盛り上がっているのに、つい入り込みたい衝動に駆られたほどだった。
そうして接したさまざまな作品の中で、みさきと見た目も性格も相通じるような美少女キャラを何人も見いだし、熱心に推すようになっていった。アイドルグループアニメの一人であったり、魔法少女キャラだったりした。
高校の友人たちとアニメの話題で盛り上がることも多々であり、推しキャラの話もよくしたが、そのキャラに初恋の人を重ねているなどとは、もちろん言っていない。
同時期に、彼はPCで絵を描くことを覚えた。もう日頃からみさきの姿を見ることができなくなった代わりに、絵の上に再現したかったのだ。
もちろんそんな目的で親が習いに通わせてくれるわけがないから、彼は本とネットでもっぱら独習した。
茂正はもともと絵心はそれなりにあって、昔から図工・美術の成績も悪くなかった。モチベーションも高かったこともあって上達は早かった。
それで記憶と卒業アルバムの写真に頼って、何度となくみさきの絵を描き続けた。あの時見た裸像はもちろんだが、制服姿でも描けば、絵の中でいろんなコスプレをさせたこともある。アニメの萌えキャラ風にデフォルメしたものもあった。
そうやって自分で描いたみさきの絵を見つめては、もはや現実には決して満たされることはなくなったみさきへの思慕を満たそうとした。だが、描けば描くほど、ますます思慕は募る。
当然のことながら、みさきの裸像などは独り遊びにも使用した。それでも、彼女をあからさまな痴態で描くことは絶対にしなかった。もっぱら彼女を可憐に、美しく描くことに徹した。裸身であっても、あくまで彼女の清純さを損なわないように描いた。
今なお罪悪感を引きずっているからでもあろう。たとえ絵の中でも彼女を辱めることはできなかった。だがそれ以上に、たとえ絵の中でも彼女を穢したくない。あくまで無垢なままのみさきを愛でたいという気持ちは本物だった。
ただ、絵を描くことの楽しみそのものに目覚めたのか、彼はみさきの絵以外のものも時折描くようになった。これで身につけたイラストレーションの腕は彼の持ち芸の一つとなり、高校生活中でも彼の売りの一つとなったことは事の一面だった。文化祭でも作品を出展している。
当初はみさきの絵にオマージュとして取り入れることが目的だったが、歴史上の名画(当然だが裸婦画も多い)にも興味を持って調べるようになって、美術史にも詳しくなった。純然たる絵画鑑賞も、やがて彼の趣味に加わっている。