幼茎の尿臭 〜聖美13歳・知季10歳〜-4
そのウインウインにひびが入ったのは、紬がほぼ毎週のように土曜日に来るようになって三ヶ月ほど経った、ある日曜日のことだ。
聖美たちが住む街の隣駅前に大型ショッピングモールがリニューアルオープンした。それまでの、聖美の両親が子どもだった頃から変わっていなかったような、どこのシャッター商店街だよと思わせるような店構えが一新され、ファストファッションやプチプラブランド、大型書店やゲームメーカーのグッズショップまで入ってきた。聖美が好きなモデルがTikTokで見せていたブランドもある。これは行くしかない。
「知季、お昼食べたら、ねぇねとモール見に行こうよ」
あんたもたまには洗濯物くらい干しなさい。そう言われて渡された衣替え時期の山のような洗濯物をひいひい言いながら干し終わった聖美は、二階へ上がりながらドアが開いている知季の部屋の中に向かって声をかけた。
返事がなかった。部屋を覗き込むと、朝食時に知季が着ていたカーキ色のルームウエアがベッドの上に丸められているのが見えた。そして、学習机の脇にいつも掛かっているお気に入りのキッズショルダーバッグがない。
階段をかけ下りた聖美は、残り物で昼食になにを作るかをキッチンで冷蔵庫を覗き込みながら思案している母親の背中に向かって言った。
「ねぇママ、知季知らない?」
三玉入った袋焼きそばを手にした母親が振り向いた。
「あれ、聖美も一緒に行くんじゃなかったの?知季さっき、紬ちゃんと例のモールに行くって言って支度してたよ」
「……え」
きょとんとする母親を置いて聖美は玄関へ走った。ホールの床の上にも、シューズボックスの中にも知季のスニーカーがない。
「どうしたの?知季だけ先に行っちゃったのかな……聖美もお昼、外で食べてくるんでしょ」
玄関ホールに出てきた母親がのんびりした口調で言う。
「……ママ、お昼なに?焼きそば?」
自分でもびっくりするくらい低い声が出た。
「え?ああ、そのつもり。でも聖美、あんたダイエットするからお昼はサラダだけとか言って」
「うるさい、いいの」
聖美は大きな声を出した。50キロの壁なんかどうでもいい。それより知季、あんたなにやってるの。紬、あんたなに考えてるの。
夕方になってから帰ってきた知季は上機嫌だった。昨日聖美がひとりでアレクサンドロスをイヤホンで聴いているあいだに、モールに行くことを紬と二人だけで約束したらしい。駅前で待ち合わせて、サイゼリヤでミラノドリアを食べ、ユニクロやゲームショップなんかを回ってswitchの新しいキャリングケースを買ってもらった、と、知季は父親の実家へ行くのに大好きな新幹線に乗ったときよりも嬉しそうな顔をして聖美に話した。
「ぼく、紬ちゃんとずっーと手つないじゃった。デートみたい、って紬ちゃん言ってたよ」
照れたように言う知季の顔を見て、聖美の胸にまた、あの奇妙で不愉快な感情が走る。その一方で、キャリングケースのパッケージを開ける知季の顔がいやに眩しく見えた。
次の日の朝、早めに登校した聖美は、あとから来た紬の腕をつかんで他の生徒がまだほとんどいない廊下に出て、昨日玄関で出したような低い声で言った。
「今日の放課後、はるかぜ公園に来て。あたし部活サボるから。大事な話」
なにかを察したのか、怯えたような表情で紬はこくんとうなずいた。
はるかぜ公園は、聖美たちの自宅や中学から歩いて十分くらいの造成地の中にある。本当ならその造成地にマンションが建つはずなのだが、なにかの理由で着工されていない。なぜか先に整備されたはるかぜ公園は、元からある住宅地や駅からちょっと離れているため、特に平日の午後はほとんど人がいない。
公園には紬が先に来ていた。車両進入禁止のポールの間から園内に入ってきた聖美の姿を認めて、座っていたベンチから立ち上がる。
「聖美……怒ってるよね、ごめんね」
紬の正面に立った聖美に向かって、紬はうつむいたまま小さな声で謝った。150センチない紬が下を向くと、聖美からはその表情が読み取れなくなる。
「怒って、は、ないよ。知季と遊んでくれていることは姉として感謝してるし、知季もなついてるみたいだからいいけど。ただ……」
少し震える声でそこまで言って、聖美は口ごもった。ただ、なんだろう。あたしなにが不愉快で、なにが言いたくて紬を呼び出したんだろう。あの、昨日感じたいやな気分、なんて言えばいいんだろう。
「……知季と遊びに行くときは、あたしにも言ってほしいな、それに」
急に、言葉がまとまる。
「紬、最近うちに来てもぜんぜんあたしと遊ばないでずっと知季とばっか一緒じゃん、学校でもさ、知季がかわいいとか知季がゲームクリアしたとか知季って千葉ロッテファンなんだってねとか、知季の話ばっかり。あたしだって、前みたいにバンドとかRETRO GIRLの話とか紬としたいよ、それに」
聖美は息を継いだ。あたしなに興奮してるんだろう。
「昨日ずっと知季と手、つないでたんだって?ねぇ知季ってもう4年生だよ?ちっちゃい子じゃないんだから、外で手つなぎっぱなしって、おかしくない?」
途中から自分の声のボリュームが上がっていくのが聖美にもわかった。それに連れて、紬の肩の小刻みな震えが早くなっていく。
突然ばっ、と、紬が聖美の両腕を掴んだ。夏服のワイシャツの袖から露出する聖美の二の腕を掴む紬の手の甲は青白い。
「……ごめんね、本当にごめんね……」