お兄ちゃんの好きなもの-1
こうしてしのちゃんと俺は「こいびと」になった。
とはいえ、しのちゃんにとって「こいびと」とはあくまで「仲の良い異性」程度の感覚なのだろう、と考えることによっていろいろ自制するようにはしていた。ヘタに早まってしのちゃんとの繋がりが崩壊することだけは避けたいし。あれ以来しのちゃんから「おちんちん」の話は出ないし、見せて、と言われることもなかった。俺からもあえてそのことは振らない。
しのちゃんと「こいびと」になってから、俺は休日の午後をしのちゃんの放課後を待ってはるかぜ公園で待ち合わせ、二時間くらいをしのちゃんと話をしたりしのちゃんの歌を聞いたりして過ごすようになった。
しのちゃんの話を聞いていると、家庭や学校でのコミニュケーションが希薄なのではと感じることがあった。
仕事が午後から深夜にかけてでしかも俺同様シフト制の母親とは、ちゃんとした会話ができるのは登校前の短い時間か奇跡的に母親の休みが日曜日に当たったとき程度で、まだ母親にべったり甘えたい8歳のしのちゃんがかなり寂しい思いをしているのははっきりしていた。
学校もなかなかに複雑で、転校生であるしのちゃんは未だ学級に馴染めていないらしく、依然として登下校は一人、校内で話をする子もあまりいない様子だ。いじめ、には遭っていないようだけれど。
こういう現状もあって、自分に好意的でしかも話を聞いてくれる俺は、しのちゃんにとってはまず第一に家庭や学校での孤独を解消してくれる存在であるのは確かだった。当然ながら俺のことを「異性」「男」として意識しているわけではないだろうし、俺から強い性的アプローチがあれば好意はたちまち嫌悪に変わってしまう。俺はそう考えていた。
だから「こいびと」になったあの日に俺のおちんちんを見たがったのも、性的な関心も多少はあっただろうけど、基本的には自分に付いていないものへの興味だったり、「試し行動」―子どもが、相手がどれだけ自分のことを受け入れてくれるか、どのくらい愛情を持っているかを測るためにわざと相手を困らせてその反応を見ようとする行為―だったりしたのだろう、きっと。そうだよしのちゃんにしてみりゃ少ない手札から振り出した「試し行動」に過ぎないんだ、だから、まぁあれはあれでよかったんだ。
こんなふうに解釈して、俺はしのちゃんに対するペドとしての感情から来る背徳感や罪悪感を整理していた。
「ね、お兄ちゃんは、あたしと結婚したい?」
俺は飲みかけのペットボトルにむせた。
「う、うん?」
「だからー。お兄ちゃんは、あたしと結婚したいって、きいてるの」
しのちゃんは、とっくに飲み終わっているペットボトルで俺の膝をぽんぽんと叩いた。
「結婚とか、そういう話まだ早くない?しのちゃん小2でしょ」
「お兄ちゃんあたしのこと好き?」
「……うん、もちろん」
「結婚って、好きな人ができたらその人とするんだよね?」
オレンジ色のラベルが張られたペットボトルの呑み口に左の人差し指を入れ、第一関節あたりで支えながら顎の前あたりでゆらゆらと揺らしながらしのちゃんはそう言って、ぷっと唇をとがらせた。
「うん、そうだ、ね。うん。たしかに」
なにをうろたえてるんだ俺は。こんなの父親に向かって娘が「将来はパパのお嫁さんになるーっ」とか言ってるのとおんなじような話じゃねぇか。変に生真面目に対応する内容じゃないだろ。
「ふふっ、お兄ちゃんおもしろい」
指からペットボトルを離して膝の上に置いたしのちゃんは、俺の顔を見上げて笑った。
「オトナをからかうもんじゃありません」
俺はそう言って、髪が胸のあたりまで伸びているしのちゃんの頭をぽん、と手のひらでたたいた。夏の夕暮れの日差しを浴びたしのちゃんの黒髪はほんのりと温かく熱を帯びている。
「ふへへ」
「俺は、もちろんしのちゃんと結婚するよ」
俺を見上げるしのちゃんの顔に満面の笑みが浮かぶ。にっこり笑った口元の、すきっ歯の前歯と上の前から三番目のあたりの乳歯が取れてぽっかり開いている隙間、そして上唇の下からちらりと覗く唇と同じような薄紅色の歯茎がかわいい。
「ほんと?ぜったいだよ」
どこまで本気なんだろう。っていうか、小2の結婚願望って、現実味どのくらい考えて言っているのかわからん。だからってあんまり適当な返事もしたくないしって、俺、小2相手にやっぱりマジになりすぎだな。これだから恋愛弱者のペドは、
……あ。